小説

□ああなって、こうなって。
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〜営業企画課〜

俺は見てしまったのだ。心から尊敬し、憧れてやまない先輩たちの修羅場を。

「柏木をこれ以上追い詰めたら、いくら気心の知れた同期でも許さないよ?」

我らが営業企画課の先輩であり筋肉布団、由梨さんの頬をそう言いながら撫でたのは、お隣の営業課の王子、宮園さん。微笑んではいるものの、その目には怒りが宿っているように見える。

焦った表情の由梨さんの目の前には、身を縮めて涙目になっているもう1人の王子、柏木さん。

どんな状況なの…?

とにかく俺は放尿どころではなくなり、急いで席に戻って隣の佐野に見た状況を報告した。

「何?何?なんなのそれ?」
「わかんないよ。どうしよう。とにかくやばい」
「やばいよ」
「やばいよね」
「やばい」

俺も佐野も興奮状態で言葉がうまく出てこない。

そうこうしていると由梨さんが課に戻って来たので俺たちは体を竦ませて様子を窺った。
由梨さんはゴツい手でハンカチを取り出し汗を拭いている。
表情は若干暗い。

積み上げられた資料に隠れるようにして佐野と会話を再開する。

「おかしいよ。由梨さんと宮園さんは割と仲がいいでしょ」
「そこに柏木さんが絡んで?宮園さんが柏木さんを庇う?何があった…」
「由梨さん…もしかして、課を超えてなんか、なんか…」
「なんだよ…」
「パワハラ…?とか…だって、『追い詰めたら』って言ったんだよ」
「あり得ねえよ、由梨さんだぞ?あんななスポーツマンシップの塊みたいな人がそんな陰気なこと…」
「じゃあ何よ?」
「わかった」
「何」
「柏木さんが由梨さんの女を寝取ったんだよ」
「え!柏木さんがそんなことを…」
「絶対そうだよ。それで怒った由梨さんが柏木さんを責めて、それを宮園さんが庇ったんだ。どんな女だって由梨さんより柏木さんの方がいいに決まってるだろ?」
「酷いな。お前、由梨さんのことバカにしてんの?」
「してない。してないけどお前もよく考えてみろ。筋肉布団と営業成績トップの王子だぞ。お前ならどっちよ?」
「柏木さん」
「即答じゃん…酷いな…俺は宮園さんだけど」
「おい酷いぞ…」

仕事そっちのけでそんなことを話していると、由梨さんに「おい」と声をかけられてビクつく。

「雑用で悪いんだけどさ。山内と佐野で明日の打ち合わせの資料仕分けといてくれるか」
「はい」
「喜んで」
「悪いな…今日はちょっと、定時で上がるわ」

由梨さんは寂しげな笑みを残して帰って行く。
その筋肉もりもりの後ろ姿を見送り、俺たちは同情を抱きながら呟いた。

「やっぱ柏木さんがいいな」
「俺は宮園さん」









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