小説

□森田と岡崎26 もふもふ毛布
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毛布を買った。
モコモコの。
森田さんのと俺のと、2枚。



外はすっかり寒くなって、店から森田さんの家に向かう途中、マフラーを何度もきつく巻き直す。
店でもお湯割りや熱燗が出るようになって来た。

仕事が終わって今2時。
さっきメールしたらまだ起きてた。
森田さんが今読んでるのは、なんとかかんとかっていう賞をもらったとかいう本。
森田さんは、俺が「なんていう賞だっけ」って聞くと毎回丁寧に説明してくれて、俺はうんうんって聞きながらすぐ忘れる。

最近補修工事が済んだばかりの歩道のアスファルトが、冷たい空気の中で黒々と光っている。
たまに野良猫がうずくまってこっちの様子をうかがうラーメン屋の脇の路地も、今はひっそりしていて暗い。
クリーニング店のシャッターもがっつり閉まっている。

森田さんちの近所に、自分の体がなじんで、とけこんでいく感じ。



帰ってみると森田さんは寝落ちていた。
暖まりたくて風呂にお湯をためることにして、その間、寝顔鑑賞会。

森田さんは起きてる時結構顔に力が入ってるのかも。寝てる時は子どもみたいに隙だらけだ。

「顔に力入れるってどうやるの」

話しかけても返事はない。

「仕事疲れた。すげー疲れた。あいつらまじもう来んなて感じなんだけど。ねー。森田さんもうやだなー辞めたい仕事。コンビニでバイトすっかなー」

起きてたら絶対言わないようなことをポロポロ報告していく。
寝息がスースー。

「疲れたー。つーかーれーたー」

座ったまま体を前に倒して森田さんの枕に頭を乗っけたら、森田さんが近くて森田さんの匂いがして一気に風呂がめんどくさくなる。

「お湯があふれるね」

諦めて風呂へ。
森田さんちの風呂はうちのより古いはずなのに綺麗。
いつ掃除してるんだろう。

ここに一緒に住みたいな、って、ずっと思っててなかなか言えない。

湯船につかったら、深いため息が出た。

今日はめんどい客が来た。うるっせー勘違いババア4人だ。
たまに来て、残った料理を持ち帰ろうとしたり(食える分だけ注文しろ)、飲みほのラストオーダーで山のように注文しようとしたり(迷惑)、声がでかくて他の客が気にするレベルだったり(迷惑)、それで西尾とか平井のことをものすごく舐め腐ってるから、あの子らが低姿勢で注意しに行っても全然言うことを聞かない(ガキかよ)。

平井は「生意気だって言われました」って涙目で帰って来るし、西尾は「何言ってるかわかんないっす」ってキレて帰って来るし。

毎回何かしら問題を起こす。

今日は唐揚げ頼んだけど3個しかない、4人なんだから4個出せとか言い出して、俺からすれば「じゃあ2皿頼めよ」って感じなんだけど。まじ意味がわからん。
店長はいつも来てくれるからと言って苦笑しながらもう1個揚げてやった。

なのに、その中の1人が「こんなことお店なら当たり前よ、人数確認してから持って来なさい」とか言い出して俺の中の何かがキレた。

ものすごくいい笑顔で「料理の量は最初から決まってるんで。じゃないと値段設定できないですよね。ただでいくらでも出せるものなんてこの世にないんですよ知らないかもしれないですけど」って早口で言ってしまった。
言ったあと、一応客なんだからこれはやばいなーと後悔。

ババアはぽかんとした後に、鬼のような顔で言い返して来る。

「あんたのことはまあそこそこ失礼のない店員だと思ってたけど、やっぱり若いからかまだ赤ちゃんみたいね」

俺そんな悪い?!赤ちゃんとかきめえからやめろ!頭から豚汁ぶっかけんぞ!
って叫びそうになったけど、赤ちゃんみたいにかわいいってことかなーと自分に言い聞かせながらキッチンに戻って店長にグチった。

西尾はなんか喜んでて、「まじ岡崎さん神ー!」とか言って嬉しそうだった。
平井はサワー作りながら「カラッと揚げてやりたいですね」って言った。
ちょっとツボった。

でも店長には「落ち着け」って注意された。

店長はあんな人殺しそうな顔して優しすぎ。経営者ってあんな忍耐つーか心の広さなきゃダメなのか?
俺には無理かも。

はー。

暑くなってきた。両手でお湯をすくって顔を何度もバシャバシャ洗う。

風呂のドアの外に人の気配。

「岡崎さん、お帰り」

控えめな声が聞こえて、自然と笑顔になってしまう。

「ただいまー。起こした?」
「いや。ごめん、寝て…もう出ます?」
「まだ、頭とか洗ってない」
「ごゆっくり」
「はーい」

森田さんの言葉はなんと言うか、本当に、これは本当なんだけど、消毒か漂白効果みたいなのがある。

短いやりとりだけで俺の汚れた心が真っ白に。
リセットして眠って、明日もがんばれる。
きっと今回もそうだ。
森田さんは俺のこと、赤ちゃんみたいにかわいいとか思ったことがあるだろうか。




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