小説

□森田と岡崎27
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「あれー。ピアスどこおいた」

仕事で家を出る前、仕事中につけてる地味系のピアスが無くて探してたら、いつもは開けない奥の小さい引き出しが目に入った。
森田さんが財布とかしまってるとこだし、俺は用がないから開けたことはない。

なにげにいつもヤるときどこからともなくゴムを出すから、もしかしてそういうのここに入ってたりして、という興味だけで取っ手を引き、中をのぞいて、息が止まった。









遅めの昼食をコンビニで済ませることにして、駐車場にトラックを入れる。
市街地から少し外れた場所にあり、大型車でも駐車できるのでたまに利用する場所だ。

エンジンを切ってシートベルトを外したところで携帯が鳴った。
てっきり会社からだと思ってディスプレイを見ると、岡崎からだったので慌てて出る。

「森田です」
「森田さん!よかった…生きてた……」

謎の涙声を出す岡崎に眉根を寄せる。仕事中に電話をしてくることなどそうない。岡崎も今日はこれから仕事のはずだ。

「どうしたの」
「どうしたのじゃないよ!勘弁してよ。俺がいるじゃん…なのになんで…今日帰ってきてよ?ちゃんと帰ってきてよ?俺、今日仕事終わって森田さんに会えなかったら死ぬから」

若干音割れするほどの岡崎の勢いに息が止まる。
死ぬとは。大ごとだ。

「岡崎さん、どうしたの」
「森田さんこそだよ、いいから、今日夜会議だよ、家族会議だよ」
「家族」
「そこじゃねーよ!わかった?死ぬからね」
「迎えに、行きましょうか」

心配だ。

「来てよ!もちろん来てよ!」

興奮状態だ。一体どうしたのだろう。

とにかく今日一日がんばって、俺もがんばるから、と、今度は優しい声音で言い、岡崎は理解の追いつかない俺との通話を切った。









あんなものを用意しているなんて。腹が立つ。
おかげで今日の仕事は散々だ。西尾にやつあたりしてしまったので、明日ファミチキをおごってやる約束をした。

「岡崎さんまじ神。こええけど」
「じゃあお先」
「うわ着替え早っ」

なんで下も脱いだのか知らないけどパンツ1丁の西尾を残して急いで店の通用口を出ると、森田さんの車が静かに停まっていた。
助手席を開けて森田さんの心配そうな顔を見た途端、あれは俺の見間違いだったんじゃないかと思った。
だって本人はこんなに落ち着いて平和そうに見える。

「今日、どうしたの、何かあったの」

森田さんはすぐに聞いてきた。泣きそうになる。

「引き出しの中、見ちゃったんだよ」
「引き出し?」
「あの、俺の教祖写真の横の棚の」

森田さんは心当たりがないという顔をしている。

「遺書が入ってたよ」

いしょ、と発音したところで、目にじわりと涙が浮かんだ。

「あれは、何?」

森田さんは泣きそうな俺に目をかっぴらいて動揺し、優しく肩に触れ、それから、落ち着いた声で「あれは」と言った。

「あれは、一人で生きようと思ってた時に、書いた」
「どうして?何が書いてあるの?誰あてなの?どうしてまだ取ってあるの?今も捨てられないの?」

なんのために。誰に。どうして。頭の片隅に現れる元妻の姿を必死に追いやる。
真っ白い封筒に、森田さんの上手な字で丁寧に書かれた二文字。

「岡崎さんが、心配することは、何も書いてないよ」

森田さんは、眼鏡の位置を指で直しながら少し笑った。その顔があまりにお兄さんみたいで、心臓が少し落ち着いてくれる。

その時視界に人影が映り込み、それが店から出て来た西尾だと気づくのに少しかかった。
西尾はこっちに気付かず背を向けて遠ざかっていく。

「帰ってから、ちゃんと話す。ね」

森田さんはギアに手をかけた。シートベルトをしながら、まだ残った不安を奥歯で嚙み締めた。





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