小説

□39 ある夏の夜
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コンビニの前まで来て、辺りを見渡す。
創樹くんはまだ来ていないみたいだ。

もう日は落ちていてここだけが明るいので、羽虫が何匹か集まっている。
創樹くんが来たら機嫌を悪くしそうだな。

今日はこれから4人で創樹くんの部屋に集まるので、待ち合わせしてお酒やお菓子を買うことになっている。
創樹くんたちのお母さんがちらし寿司を作ってくれたそうで、賑やかで楽しい夜の予感に気持ちが昂った。

創樹くんを待ちながら、僕は先日の集まりのことを思い出していた。

その日は珍しく、正浩くんと森田さんが遊びに来てくれた。場所は彰人くんの部屋だった。

広樹くんは、久しぶりに正浩くんに会えてとても嬉しそうだった。創樹くんも、顔には出さないけれど、少しテンションが高かった。
そんな創樹くんを見て、僕もとっても嬉しかった。

森田さんは相変わらず静かで、多分少し緊張していて、でもやっぱり5歳上の大人という感じがして、ちゃんとゆっくり話してみたいと思った。
みんなでわいわいしているとなかなか難しいんだけど。

彰人くんの部屋は狭くはないけれど、男が6人も集まれば暑くなる。
窓を開けたままにしていたのだ。

彰人くんが少し酔って来て、お酒を避けていた僕が創樹くんに押さえつけられてワインボトルを口に突っ込まれそうになった時、正浩くんが声をあげた。

「うわぁ、虫!」

見ると、そこそこ大きな虫が部屋に入って来てしまっていた。

「きゃあっ!こわいよぉあっくん助けて抱いてぇっ!」

広樹くんが彰人くんに思い切り抱きつく。彰人くんは広樹くんをぎゅっと抱き返した。
ちなみに森田さん以外の全員が、広樹くんは虫が苦手ではないことを知っている。

創樹くんは口に出さないけれど少し虫が嫌いなので、僕は創樹くんを庇うように腕を出した。

「いやー、まじキモいんだけど」

正浩くんも顔が引きつっていた。
みんなが騒いでいる間にも虫はブンブンと飛び回っていて、森田さんだけが静かにそれを目で追っていた。
よく見るとなんだか見たことのない形の虫で、僕も少しぞわぞわした。

虫が動くたびにみんなが動く。

それは突然起こった。
虫の飛び方が変わって、急に正浩くんのそばに飛んで行ったのだ。

正浩くんは「うええ!」と声を出して飛び退いた。

すると森田さんが、静かにティッシュを取り、静かに立ち上がって、床にとまった虫を静かに掴み、静かに窓の外へ放した。

そして正浩くんに言った。
「大丈夫?」と。

全ての動きが優しくて、静かなのに溢れんばかりの愛を感じた。

その時の正浩くんの顔が女の子みたいにかわいくて、僕は少しだけドキドキした。
正浩くんは森田さんのことが大好きだ。
でも森田さんを見ていると、それも自然なことだと思う。
こんなに優しくて頼り甲斐がある人を、正浩くんはちゃんと見つけて頑張ったんだ。

その後も、森田さんは、広樹くんがチョコを食べたそうにしているのを見て自分の近くにあった大袋のチョコレートをさりげなく取ってあげたり、創樹くんに殴られてよろけた僕を受け止めてくれたりした。

それを見ている正浩くんが、また、とってもかわいらしいのだ。
口元だけで微かに笑う。
「俺の好きな人が優しい」と、そのたびに感じているような顔をする。
いい人でしょう、みんな見て、と。

よくもこんなにぴったりな人を、と感嘆のため息が出るほど、2人はお互いを補って寄り添っているように見える。
僕は正浩くんの努力を全て知っているわけではない。
それでも、きっと正浩くんが全部をぶつけて手に入れた幸せは奇跡なんかではない。

「おい。ボサッと立ってんじゃねーよ」

眩しそうに顔をしかめて僕に膝蹴りを入れる恋人が。

「僕も、創樹くんを虫から守るよ」
「はー?」

気味悪そうに目をそらす創樹くんはTシャツを着ていて、首元が目にとまる。そこが少しだけ赤い。
創樹くんは鎖骨を蚊に刺されていた。




-end-
2017.7.22


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