小説

□森田と岡崎 28 telephone
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人の声で目を開けた。
それはすぐそこの繁華街からのもので、多分また酔っ払いが騒いでいるのだろう。
寝返りを打ち、しばらくじっとしていたが、諦めて体を起こし、電気をつけた。
本でも読みながら朝を待とう。どうせ明日は仕事が休みだ。
朝になれば、岡崎に会える。
自分を納得させようと思い浮かべた岡崎の笑顔で、さらに気持ちが高まってしまう。

岡崎に会いたい。

一ヶ月ほど前、岡崎は、友人たちと温泉に二泊することにした、と言ってきた。

「三連休もらっちゃった」

嬉しそうにする岡崎につられて微笑むと、彼は俺の顔を下から覗き込んだ。

「寂しい?」

寂しいし、心配だし、複雑な思いだったけれど、岡崎は働きすぎなので、たまにはそうしてゆっくりしてほしいということをなんとか伝えた。

そして一昨日、「お土産買ってくるね」と言って、無事に岡崎は出かけて行った。

今日岡崎は自宅に帰宅し、明日の朝、うちに来ることになっていた。明日は俺が休みで岡崎は午後から仕事なので、午前中だけでも一緒に過ごそうと岡崎が言ってくれたのだ。
なのに、もう会いたくてたまらない。

今日は疲れてもうぐっすり眠っているだろうと思う。
楽しんだだろうか。何人参加したのだろう。岡崎と一番仲のいい人はどんな人間だろう。どんな話をしたのだろう。たくさん笑っただろうか。
そして今、どんな顔をして眠っているだろう。夢を見ているだろうか。
会いたい。

部屋の中は寒く、再度体を横たえて、もぞもぞと布団に潜る。
岡崎がたくさん来てくれるようになる前は、寒さなんて感じたかどうか、それすら記憶にない。
岡崎の顔を思い浮かべると、体が温かくなる気がした。

森田さん、と呼ぶ声を思い出す。岡崎はいろんな表情をするし、いろんな声を出す。感情豊かなのに穏やかなのは、精神状態が安定しているからだ。

ああいう人が、自分のそばにいるのは、本当に奇跡だと思った。奇跡が日常に現れて、そのまま居てくれて。

「岡崎さん、早く、来て」

思った言葉が口に出ていた。

「岡崎さん」

誰もいない空間に声が消えた。
体が少しずつ熱を帯びる。一人の時に性欲を覚えるのは久しぶりだった。
下半身に手を伸ばして、少し勃ち上がった性器をスウェットの上から撫でて、岡崎の顔を思い出す。
息がつまり、下着の中へ手を入れた。握り込んでゆっくり扱くと、快感で腰が震えた。

岡崎の肌に触れた時の彼の反応を思い興奮が増していく。ひくひくと痙攣する腹や、後ろから見た時の腰の細さや、大きな瞳が伏せられて呼吸が荒くなっていく岡崎を、一体いつも俺はどんな顔をして見ているのだろう。

唐突に電話が鳴り、ディスプレイを覗くと岡崎だった。

「森田さん、起きてたの?」

驚きが混ざった声に、沈黙を返す。何か言わなければと開いた口から荒い息が漏れ出て、慌てて口を閉じる。

「……森田さん?」

電話の向こうで、岡崎が探るような声を出した。

「岡崎さん……っ」

恥ずかしい。今すぐ手を止めるべきだと思うのに、愛おしい人の声で自分の体はさらに高まってしまう。

「森田さん……?」
「う、ん……」

息を飲むような気配があった。

「……何、してるの……?」

本当に。自分は何をしているのだ。

「もしかして、やらしいことしてる?」

言い当てられて、深い吐息が漏れた。

「……岡崎、さん……ごめん……」
「……え、待ってやばいんだけど……えー……超会いたい……」
「俺も、あの、会いたくて……」
「俺に会いたくて、一人えっちしてたの?」
「ん、……はぁっ」
「やばい待って俺もしたい、俺も触っていい?はぁっ、……ね、俺も今、下脱いだ……」

ドキドキして心臓が壊れそうだ。

「森田さん……俺もう、森田さんの声だけで、すっげーかたくなっちゃった」
「……うん……」

岡崎の声はかすれていて、近くで聞くのとは違う色気があった。

「森田さんのは?どうなってる?」

自分を握る手に力が入る。

「……は……っ、かたくて……」
「ん……」
「岡崎さんに、触って、ほしくて……」
「んんっ」

甘える時の声だ。そう思った。
会っている時にはそんな風に意識することはなかったのに、声音だけで俺は岡崎の気持ちを、少しずつ理解できるようになっている。
岡崎のことをわかっていくのがとても嬉しくて、楽しくて、くすぐったい。

「ん、森田さん、ね……舐めてあげる」

電話なのに、と思った俺の耳に、ちゅぷ、と水音が届いた。
手が止まる。

「ん、っちゅ、んんっ」
「岡崎さん……なんか、……舐めてるの……?」
「森田さんの……舐めてる……ん……」

思わず生唾を飲んでしまった。自分を扱く手に、さっきよりも力が入る。

「……森田さんの……すごい、ん、かたい……」

笑みを含んだ声で岡崎は言い、また何かをしゃぶり始める。指、だろうか。

「っ、岡崎さん……」
「ん……」

気配を追うように耳をすませ、ゆるゆると性器を扱く。

「はあっ……あ……」
「森田さんめちゃくちゃやらしい……ねえ俺のも舐めて……?」

かわいい。会いたい。触りたい。直接声が聞きたい。
戸惑いながら、スピーカーにした携帯を置いて自分の人差し指を舐め、少し音を立てた。
ちゅぷ、と音がして、それが電話の向こうにいる岡崎へと届く。

「あぁ、ん、やば、っちょっと待ってまじで、やばい……」
「ん……ちゅ、ちゅぷ」
「んんっ、はぁ、あ、んっ、すっげえエロいよ森田さん、もっと、もっと先っぽぺろぺろして」
「っはぁ、ん」

岡崎の声は明らかに濡れていて、それを聞いているだけで射精しそうになる。

「あ……ほんとやば……イきそ……」

岡崎が自分の性器を扱く音がかすかに聞こえた気がした。

「俺も、イきそう……」
「森田さん、一緒にイこ、ね、はぁっ、あ、もっと、もっと俺のちんぽ舐めて……」
「う、あ、……岡崎さん……」

岡崎の声を聞きながら、目を閉じて手を動かして、そうすると岡崎がすぐそばにいるような気がして、それでも目を開けるとやはり一人だ。

「岡崎さん、会いたい……触りたい……」
「や、っ、んんっイく……あっ……んっ!」
「っ、ああ……っ」

岡崎の切羽詰まった声を聞き、欲望が爆ぜる。電話の向こうからはしばらくガサガサと音が聞こえていた。
呼吸が整い、手や性器をティッシュで拭いていると、岡崎が電話口に戻った。

「森田さん俺今から行っていい?」
「あ、うん……いいよ」
「めちゃくちゃ会いたい。そんでもっかいしよ……?」

これも、甘えた声。

「車で、行くから……待ってて」

言いながらすでに布団を出て出かける準備を始める。
うれしい、と言って岡崎は電話を切った。

今度はちゃんと、甘えた声を直接聞いて、その顔を見たい。





-end-
2018.1.20





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