小説

□森田と岡崎 スーパーハッピーハーフウェイ
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「ここ」
そこは住宅街の高台で、目の前には下へおりる階段がゆるやかに続いていた。
「すごいね。高い」
「そうだね」
その一段目に、森田さんは俺を座らせて、自分はそれに向かい合うように膝をついてしゃがんだ。
眼鏡をかけた森田さんの顔が、自分の視線より下にある。
出会った頃より少し短くなった髪。
森田さんの後ろには住宅街の地味な夜景と、きらきら光る星空。
白鳥座は、どこだろうか。
森田さんは下から俺を見上げて、俺の両手を包み込むように握った。
そして、静かな声で話し出した。それは寝静まったあとの、静かで平和で平凡な住宅街にとても似合う声だった。
「俺は、あなたの人生を、俺に預けてほしいなんて、そんな、そんなことは、まだ怖くて、とても言えません。幸せにしたい、とか、幸せにするとか、そういうことも、自信がない、から、言えません。信じてと言っていいのか、すら、わからない。あなたが俺のことを、なぜか、ちょっと……、気に入ってくれてるみたいなのが、どうしてかさっぱり、理由が、わからない……でも少し、自信が持てるようには、なりました。大変なことが起きても、自分には、岡崎さんがいるから、と思うと、強い気持ちでいられて、無駄に傷つかずに済むように、なりました。それは、昔の自分からしたら、全く予想もできなかったことで、本当に、俺はあなたと出会えて、あらゆるものに、感謝をしたいような気持ちです。そういう、そういう重い、ものを、重い人間を、背負わせることになるけど、それでもいいのなら、……いいのかな……。もともとあまり、なにも持っていない俺が今、岡崎さんに約束できることは少なくて、でも、確実に言えるのは、言いたいのは……俺が……俺にはこの先、何があっても、大切にしたいと思う人は、あなた、岡崎さん、ただ一人だけだと、それだけは、あなたに、胸を張って、言えます」
森田さんは今、どんな顔をしてる?
視界が歪んで、ぼんやりとした光しか見えない。
「岡崎正浩さん。俺と、結婚して下さい」











岡崎は顔を歪め、しゃくりあげるほど泣いた。
友人と飲んで帰った岡崎は酔っていた。だからもっと違うタイミングでとも思ったけれど、岡崎がそれを望んでくれた今しかないとも思った。
前からいいなと思っていた場所で、綺麗に出ていた星に勇気づけられて、それでも言いたかったことの半分も言えなかった。
付き合う前からそうだけれど、岡崎はちゃんと、俺の下手な話を聞いてくれる。
プロポーズにしては回りくどくスマートではなかったけれど、ひとしきり泣いたあとで、鼻声で「よろしくお願いします」と答えてくれた岡崎に安心して転びそうになってしまった。
岡崎はそれを見て笑った。今日も綺麗な笑顔だ。

戸籍のことや、岡崎の家族への報告や、そういう現実的なことは、二人で話し合ってゆっくり決めればいい。
俺はもう、欲しいものが全て揃っているので、あとは岡崎がしたいと思うことをしていけばいいと思っていた。
結婚式や新婚旅行や結婚指輪や、ほかのカップルがするようなことを、岡崎が望むだけ叶えたい。

「俺は森田さんにたくさん、笑うことを教えてもらった」
帰り道、岡崎はそう言った。
そういえば、付き合う前、岡崎の心からの笑顔を、俺は心底望んでいた。
ちゃんと笑ってほしいと思っていた。
「森田さんの前だと、なんか笑っちゃうんだー。なんでだろ」
握った手を引き寄せて、頭をそっと撫でる。
俺の幸せはこの人そのものでできていて、それ以外は何もいらない。岡崎以外は、何も。
俺たちは、階段の一番上に登りきったわけではない。これから下るわけでもない。これから上の方へ、自分たちで階段を作って登って行くのだ。結婚しようと決めたあの一段は、後から見れば、階段の途中になるはずだ。
「今度また競馬見に行かねー?」
「そうだね。行こう」
「次休みいつ?」
「シフト、明日だ」
「待って、忘れてた、トイレットペーパーなくね?」
「昨日、買ったよ」
「まじか!さすが。大好き」
「あ、ありがとう」
「こちらこそ」
階段は、日常の延長。
少しずつ、少しずつ、できていく。






-end-
2018.3.22
修正2023.1.9



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