小説

□安達さん、いつかリベンジ。
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「ときにみっちゃん」
「はい、何でしょう安達さん」
「君は飲尿療法というものを知っているかい」
「けいさつー!」
「あっ!タッ!みっちゃん大声を出すんじゃない」

それにせっかくシチューを作っておいたのにその言い草は何だい、という安達さんの言葉に、僕は一旦黙ることにしました。
そう言われてみれば、安達さんから美味しそうな匂いがする気がしました。

「大体君ね、ちょっと自意識が過ぎるんじゃないかね」

安達さんはマグカップを優雅に傾けてコーヒーをひとくち飲んでから言います。

「自意識が……」
「そうさ。誰がいつ君の尿をどうこうしようと言ったの」
「それは……」
「そりゃ、私だってね、みっちゃんの尿に全く興味がないと言ったら嘘になるがね」
「けいさつー!」
「みーっちゃん、少しお口を閉じなさい。それ口癖か何かかい」

さておき、僕は後ほど安達さんのシチューの味を確かめなくてはなりません。

「今日は何のシチューですか?」
「当ててご覧」
「それではちょっと失礼して」

僕はグッと近づいて、安達さんの首筋に鼻をくっつけ、くんくんと匂いを確かめました。

「何の匂いがしますか」

安達さんが優しい声で囁きます。

シチューの匂いはしませんでした。
安達さんからは、安達さんの匂いがしたのです。とってもとっても、いい香りです。
僕は安達さんのすぐそばから離れられずに、いや、離れたくなくなって、ぴっとりとはりつきました。
安達さんは僕を優しく抱いてくれます。

「安達さんの匂いが」

僕は胸がいっぱいになってしまって、やっとそれだけを言いました。
安達さんが声を出さずに笑う気配がしました。

「君という人は、春の木陰のマーガレットみたいに可愛いね」

マーガレットの花の蜜はどんなかな、と言いながら、安達さんは僕を押し倒しました。
キスをしながら僕のズボンと下着を一気に脱がして、安達さんは僕の性器を口に含みました。

「あっ」
「みっちゃん、蜜が出そうかい」
「蜜とは?」
「さっき話したじゃないか。飲尿療法の話だけれど」
「安達さんはそんなことしか考えていないんですか、僕は警察を呼びます」
「こらこらこら急に冷静になるんじゃない」

起き上がろうとした僕を、安達さんはむくむくと抱きしめました。

「みっちゃん、私の話をよく聞きなさい。早とちりは良くないよ。誤解は誤解を生み、すれ違い、人はそうして道を別つのだ。寂しい事じゃないか。そんな必要は無いのに私と君が離れ離れになってしまうのは全く合理的でない。全くね。みっちゃんはそう思いませんか」
「……思います」
「飲みたいとは言った。しかし飲むとは言っていない。飲むのはやぶさかでない。やぶさかではないが、君の嫌なことを私はしないとも。本当に嫌ならの話だけれど」
「本当に嫌です」
「よろしい。では解散」

僕からパッと離れた安達さんに、僕は思わず縋り付きました。

「あっ、安達さん待って!」
「どうしたの」
「シチューを! シチューはどうなりますか!」
「もちろん食べるとも。温め直そうね。美味しそうなフランスパンを買ったからそれも軽く焼こう。チーズもあったかな。さてどうだったか……」

安達さんは自分の体に巻き付いていた僕の腕をぽんぽんと撫でてから立ち上がり、冷蔵庫を開けました。

僕はこれ以上ないくらいの幸せに包まれました。
それはどうしてかというと、安達さんのしたいことを僕が断ったのに、僕に対する安達さんの態度は全くと言っていいほど変わらなかったからです。
それにこれから安達さんの作ったシチューが食べられる。これ以上の幸せはないと僕は思います。

「安達さん、僕はあなたを愛しています。とっても」

そう言うと、安達さんはうつくしい顔で振り向き、微笑みました。

「みっちゃん。嬉しいことを言うね」
「だって」
「さあさ、椅子に掛けなさい。食べましょう。チーズもあったよ」

少しだけ、ほんの少しだけ、変態的なことをしないで優しく抱いてくれないかしらと期待してしまって、僕は一人照れました。
照れながら、下着とズボンを上げました。

僕は秋と冬が大好きです。





-end-
2018.10.25




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