小説

□おとなと子ども
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金曜の夜、泊まりに来た歩をあまり構ってやれないでいたのはわかっていた。

「まだ仕事すんの」
「あと少し」
「……俺眠いんだけど」

22時頃帰宅した俺と、それを待っていたかのように訪ねてきた歩は、俺の買ってきた焼き鳥を一緒に食べた。
家で食事を済ませてきたという歩の食欲はそれでも旺盛で、ココアを飲みながら10本を平らげた。
そうして、持って帰った事務仕事を片付ける間、大分、我慢していたのだろうことも、わかっていた。

「眠い」
「先に寝ていいよ」
「……寝ねえよ」

わかっていた。一緒に寝たいと、そう思ってくれていることは。わかっていたんだ。

「わかったよ、もういいから。メールあと一通送信したら俺も寝るからベッド行ってろ」
「じじいは大変だよな。そういうの社畜って言うんだろ」

しかし俺も疲れていたのだ。その上わかったような口をきかれて少しイラついたからかもしれない。
お前に仕事の何がわかる、ネットで聞きかじった言葉を並べて万人のことをわかったようなつもりになるなと言いたかったが言わなかった。
その代わりに、つい、出てしまった言葉だった。

「お子ちゃまは先にねんねしてろ」

ピキ、と音が聞こえた気がして振り返ると、すっと目を細め、握った拳を震わせた歩が目に入り、浩介は思わず後ずさった。

「……許さねえからな。ぜってえ、犯す」

不穏なことを口走った歩は一歩、二歩、とこちらへ近づいてくる。

「ちょっと待て、おい歩」
「うるせえ」
「俺の話を聞け。とりあえずメールをさせろ」
「うるせえよぶち殺すぞこのヘタレ」

そう言われて浩介は口をつぐんだ。その勢いに押されて黙る。

「だいたいおめーはいつもいつも口ばっかりでいざとなると俺に手も出せねえんだよな、はいはい、知ってる知ってる。だったら俺がやってやるよ、文句ねえだろ。両手を出せ」
「歩。お前なあ。年上に向かってその口の利き方は」
「あん? じゃあじじいは年下ナメていいのか? 年なんか関係ねえよクソが」

いつもの百倍口が悪い。胸のあたりをどんと押されて後ろにあったソファに尻餅をついた。

「手出せよ」
「手? ……なんで? ちょっと待て、メールを」
「うるせえ! 両手出せ!」

歩のキレ方はかつてないほど激しく、自分の言葉が彼の逆鱗に触れたことは十分に理解した。怖いかと言われればそうでもない。でもまあ歩の気の済むようにさせてやろうと、浩介は落ち着き払って両手を差し出した。

「思い知らせてやる」

歩はそう言うと、唇をぺろりと舐めながら、浩介の両手首を新品の結束バンドで後ろ手に拘束した。
なぜそんな物を持っているのか、ついに聞くことができなかった。





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