小説

□森田と岡崎30 確かめたい
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岡崎の後頭部をちらちらと見ながら、すっかり秋の気配の濃くなった道を歩いている。
焼鳥屋で少し飲んで、一緒に家に帰ろうというところだ。

「そういえば最近、あの休みの日の電話来ないんじゃない?」
「ああ。それは」

休みの日の電話。
俺の仕事はシフト制で、休みだとしても会社は動いていることが多い。そんな日に、事務の人から電話がよくあった。用件は大したことがない。休みの日にわざわざ、という内容のことが多かったが対応はするようにしていた。
が、最近はない。

「事務の人が代わったから」
「えーそうなの?」
「前の人は実家の方に帰らなきゃならなくなって」
「女の子? かわいい?」

かわいいと思ったことはなかったが、かわいくないと思ったこともない。新人らしいミスはあるものの仕事はしやすくなった。ニコニコと笑顔のことが多いので、他の社員にも好かれて馴染みつつある。
ということをなんと伝えればいいのかわからず一瞬の間が空いた。
岡崎はそれを変な風にとったらしい。

「えー。即答しない。あやしい。かわいいんだ」
「いや」
「かわいくないの?」
「いや」
「ひどい! かわいいんだ! あたしというモノがありながら! ぶん殴ってやる!」
「ちが、お、岡崎さん」
「話逸らさないでよ! あたしとその子どっちか選びなさいよ! ほら! 早く!」

わあわあと言っている岡崎の顔は笑っているけど、少し心配になってしまい、その手首を握って立ち止まらせる。酔っている時の岡崎は、普段よりほんの少しだけ不安定なことが多いからだ。
向かい合ったところで、岡崎の頬を両手で包む。ほんのり赤く染まった彼の体温がぽかぽかと伝わってくる。

「岡崎さん。俺の話、ちゃんと、聞いて」

こくりと頷いて、岡崎はすっかり大人しくなった。彼の肌は柔らかくすべすべなので、それ自体が癒しの効果を持っている。
満たされるような気持ちになりながら、俺はそのまま話を続けた。

「俺が、岡崎さん以外に、あんまり、興味がないの、本当はちゃんと、わかってるんですよね」

少しの迷いの後、岡崎はまた頷く。
こくり。

「でも、たまに、確かめたくなる、のかな、今は、そうですか」

こくり。

「それだったら、いいんだけど……何回でも、聞いてくれれば、俺は、そのたびに、岡崎さんに、あなただけだって、言うから……話は、ちょっと、まあ、遅いけど」

こくり。

「岡崎さん、それで、いいですか」

いいです、と岡崎は蚊の鳴くような声で言った。

また並んで歩き出す。黙ったままの岡崎を見ると、首をすぼめて口元までマフラーに埋めている。
耳まで赤い。
考えてみれば、自分はとても図々しくおこがましいことを岡崎に言ったのではないかという気がした。自信満々のような。岡崎の気持ちが自分に向いていて当然というような。
焦る。顔が熱い。
岡崎が見上げる。

「そっちがそんな赤くなることかよ」

岡崎はふふ、と笑った。
俺はマフラーを巻いていないので、隠れる場所がない。
突風でも吹いて、岡崎の視線をさらってくれればいいのに。
でも空気は澄んで、星が出ている。
どこまでも、穏やかな秋の夜が続いていた。




-end-
2018.10.27




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