小説

□吉丁八本 5
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今日のお客さんは初めての人で、ホテルで顔を合わせた瞬間、緊張してるのが伝わって来た。
細身でふつうにおしゃれな感じの人だ。大学生くらいに見える。

「こんにちは。ココです。呼んでくれてありがとう」
「どうも。……たくまです」
「たくまくん、まず、お話する?」

たくまくんみたいな人は最初に少しお話した方がそのあと楽しいみたいだから、俺はそう言ってみた。
するとたくまくんは、緊張したままの顔でうんと言った。

「今日、外、寒いねぇ」
「は、うん」
「ホテルは暑いね」
「うん」

コートを脱ぐ。

「たくまくんは今日お休み?」
「うん」
「どうして俺のこと指名で呼んでくれたの?」
「あ、ああ……」
「言いたくなかったらいいよ?」

俺がベッドに座ると、少し離れたところにたくまくんも座った。

「……写真見て、年下だろうなと思ったから」
「年下が好きなの?」
「いや……」

年上としか寝たことがないけど、年下と寝たらなんか変わるかと思って、と、あんまり話したくなさそうに、たくまくんは言った。

たくまくんは何を変えたいんだろう。
そして多分たくまくんは俺より若い。

シャワーを浴びるのも、浴び終わってから抱きしめるのも、たくまくんはあんまり乗り気じゃないように見えた。
それで、何をしたいか聞いたら、もう少し話がしたいと言われた。

お互いに下着だけをつけた格好で、ベッドの枕に頭を乗せて向かい合った。話がしたいと言ったのに、たくまくんは無言のままだった。
まだ緊張しているのかもしれない。
それに、なんだか、居心地も悪そうだ。

「たくまくん、甘いものは好き?」
「……普通」
「ここの向かいにクレープ屋さんあるよね。クレープ食べたい時ね、あそこの、オレオが入った生クリームとイチゴのやつ食べるんだ」
「へえ」
「生クリーム、好き?」
「……普通」
「たくまくん、キスしていい?」

だんだん距離をつめていた俺は、たくまくんの唇を見ながら言う。でも、たくまくんはうんと言わなかったしキスもしなかった。

「抱きしめてもいい?」

ただ、そう聞かれた。

「もちろんいいよ」

たくまくんの腕にすっぽりおさまると、俺もたくまくんの背中に腕を回した。

しばらくそのまま無言の時間が続いて、だんだん眠くなってくる。
ただ、セックスがしたくて呼ばれたのではないということだけわかった。

「ココちゃんは」

しばらくしてからたくまくんが言った。

「知らない男とセックスして、どんな気持ちなの」

たくまくんの口が耳元にある。

「気持ちいいよ」
「どんな男でも?」
「……よくない時もある」

正直に言うとたくまくんは初めて笑った。

「ココちゃん、仕事のこと、誰かに話したことある?」
「たくさん話すよ。みんな知ってる」

翔くんも、先輩たちも、お店の人もみんな知ってる。

たくまくんは「そうなんだ」と言ってまたしばらく黙った。そして、少し息を吸い込んでからまた口を開いた。

「性転換、しようと思ったことある?」
「たくまくんは、女の子になりたいの?」

そう言うと、たくまくんは俺をぎゅうっと抱きしめた。同じくらい抱きしめ返してあげる。

「そうかもしれない」

とても小さな声でたくまくんは言った。

「たくまくんは女の子で、俺は?」

たくまくんが何をして欲しいのか、ちゃんと聞きたい。

「……ココちゃんも、女の子の役、できる?」

俺はうれしくなってしまった。

「できるよ!」

たくまくんがくすくす笑ったので俺も笑った。

「俺がたくまくんに女の子の名前つけてあげよっか」
「……うん」
「じゃあね、きなこちゃんだよ」
「きなこ?」
「そう」
「なんで?」
「きなこちゃん、かわいくない?」
「くしゃみが出そう」
「かわいくないかなぁ」
「かわいい」

たくまくんはもう緊張していないみたい。


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