小説

□森田と岡崎32 stay home
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土曜日の夕方に家にいるなんて、なんか不思議。
じしゅく、のえいきょーで、店が休みになったから。

「来週から串とかテイクアウトするんだー」
「そっか。……大変?」
「どうかな。やることあんまり変わんねー気がするけど。どうかなぁ」

少しだけ不安。でもまあなんとかなるだろ。なんとかなんねえ事なんてないし。
森田さんも俺も、少し休みが増えて、でも行くとこもないし。行ったらだめらしいし。それに家でゴロゴロする夜もなんかちょっと楽しい。

「森田さんとこがテイクアウト用資材も運んでくれんだよね」
「最近は、パック類、たくさん運ぶけど……あれは軽いから、楽」
「んはは」

男ふたりで座ってまだ余るくらいの大きさの、やわらかくて低いソファみたいなのを買ったばっかりで、ちょうどよかった。
黒くてでかいそれは、森田さんちの部屋の真ん中にどーんと置かれて、どの家具よりも存在感を発揮している。

森田さんはそれに座ってる時、よく膝枕をしてくれる。俺の頭を膝にのっけて、本を読んだり、テレビを見たりする。
撫でてって言ったら撫でてくれるし、腰に抱きついたら背中をぽんぽんしてくれる。

俺は最近すっかり読書をさぼっているけど、かわりに、森田さんが読んだ本の内容と感想を聞き出すことにハマっている。どういうことをどう感じるのか知るのが楽しい。

「夜メシどうする?」
「焼きそばなら、作れるけど」
「まじ」
「それでいい?」
「いいね。いいね」

森田さんは最近ぐんぐんお料理がうまくなる。もともと普通にできてたけど、森田さんと俺の好みが似てきたのかな。よく聞くおふくろの味じゃなくて、俺には一番なじむの。森田の味だ。

「豚肉、冷凍だから、解凍しないと、かな」

考えるように言って、森田さんは立ち上がろうとした。

「だめだめ、まだ行かないで」

抱きついて止めると、森田さんはそれ以上動こうとしない。俺の背中に手のひらをあてて、ゆっくりさすってくれる。
ああ。ずっとこうがいい。

その空気を現実に戻すみたいに、玄関のチャイムがなった。

「誰?」

ムッとして言うと、森田さんはそっと俺の頭を持ち上げてから立ち上がり、印鑑を持って玄関に向かった。
中くらいのダンボールを持って戻ってきた森田さんは、俺をちらっと見てから箱を開けた。

「えっなに! 肉じゃん」

横からのぞくと中には真空パックで小分けされた肉がいくつも入っている。

「今日、焼きそばやめて、ホットプレートで、焼肉でもいい、かな」

森田さんが迷いながら言って、パックをひとつ手に取る。

「買ったの?」
「そう」
「肉?」
「家でご飯、一緒に……食べる機会が、増えそうだったから、岡崎さんと、なんかおいしいもの、食べたくて……まあ、味はちょっと、わからないですけど」
「えーめちゃくちゃいいね。最高。大好き」

うれしくて楽しくて笑ってしまう。
森田さんの取引先で少し話す人がいて、故郷の方で食品加工をしているその人の友達が、こういう世の中ですごく困っているという話を聞いたんだそうだ。
それで、取り寄せて食べてみようと思ったって、森田さんが肉を解凍しながら話してくれた。

ホットプレートも少し前に買ったばかりで、まだお好み焼きを一度しただけだ。

「焼肉だったら、岡崎さん、ご飯いる?」
「焼きそばは? あとで焼きそばしよ」
「ああ」
「えーやべえうまそ。俺しいたけ食いたい」
「あったかな」
「ねえまだちょっとメシには早くね?」

森田さんが時計を見る。18時23分。別に早くはない。早くはないんだけど。

「メシよりとりあえず俺じゃね?」

森田さんはきょとんとして、それから少し顔を赤くしてうつむく。そしてとんでもないことを言った。

「それは……あとで、ゆっくり、ね」

俺まで照れて何も返せない。たっぷりの沈黙のあと、森田さんは俺の手をそっと握って離れていく。

そういう、なんか、そういうところがまじで無理、と思いながら、森田さんを追いかけてご飯の支度を手伝った。

肉はうまかった。焼きそばもうまかった。しいたけはなかったので、ナスとエリンギを焼いた。

洗い物をしながら考える。腹がいっぱいで少し眠い。
森田さんが隣で静かに食器を拭いている。

明日はとりあえず出勤して来週の準備。どうなるかな。テイクアウト、お客さん来るのかな。
西尾や平井も出勤を減らされていて、俺も含め一人暮らしの従業員は死活問題だ。
店長だってそう。みんなの生活がかかってて……。

「はあ」

ため息を吐いた俺に、森田さんが視線を向けた。

「大丈夫?」
「ぼちぼち」
「……仕事のこと?」
「うん。ま、なんとかなるわ」

どうなろうと、なんとか生きていくだけだ。
森田さんは手を止めて、俺の腰に腕を回した。控えめな手つきが何より俺を安心させてくれる。

「不安なことあったら……俺、で、よければ、なんでもするから……」
「ありがと。やさし。甘えちゃおっかなー」

首をかたむけて、すぐそばの森田さんの肩に寄りかかる。俺が少し体重預けたくらいじゃびくともしないその体格が、俺はめちゃくちゃ好きなんだよな、と考えて、流れていたお湯を止めた。

軽く身構えた森田さんの両手首を掴んで、向かい合ってキスをする。少し乾燥した森田さんの唇があったかくて、ちょっと泣きそうになった。

「ん」

キスが深くなっても、森田さんの優しい感じは変わらない。ただ、俺が股間を押しつけるようにすると森田さんのも昂っていたので興奮して息が荒くなった。

「……森田さん、ここでしよ」
「……うん」

立ったまま抜き合うことにして、ちゅ、ちゅ、と唇を柔らかく噛むようなキスをくりかえしながら、お互いの部屋着を少しずつずり下げた。
森田さんのが元気よく飛び出してくる瞬間、すごく興奮して軽くめまいがした。

森田さんが今日も俺で興奮してる。俺も森田さんで。途方もない幸せ。
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