小説

□にがい、あまい
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「だめだよ相内」
「どうして」
「どうしても。だめだ。当たり前だろ」
「理由がわからない」
「だめったらだめ」

並木がめずらしく、意見を曲げない。

「許す訳にはいかないよ」
「だから、どうして」

テレビもついていない部屋の中は空気がぴんと張り詰めていて、同棲して以来一番緊張感のある気配に家具たちも静まり返っている。

「相内が大事だからだよ」
「俺は駄目で、お前はいいのか」

若干苛立って眼鏡を取る。ぼやけた視界の中の並木は、それでも険しいとわかる表情を浮かべていた。

「俺はいいんだよ。相内はだめ」
「意味がわからない」
「わかってよ、つかわかるでしょ、普通」
「普通?」
「なんでわかんないんだ」
「もういい」
「なんで相内が怒るんだよ、俺だよ、怒ってんのは。謝ってよ」
「は?」
「その『は?』っていうのやめて。相内のそれ怖いから。怒らないと言わないじゃんそれ。てことは怒ってるじゃん」
「何を言ってるのかわからない」
「なんだよ眼鏡取ったりして。殴り合いでもすんの」
「馬鹿なこと言うな」
「じゃあ相内だってバカなことしないでよ」
「俺はしてない」
「しようとしたじゃん。信じらんないよ。相内を誰だと思ってんの? 俺の大事な人だよ? 世界一かわいい人だよ? それをさぁ。ふざけんなよまったく」
「意味がわからないって言ってるんだ。わかるように言えよ」
「しかたないなぁもう勘弁してよ」

ふん、と鼻息をもらしてから腰に手を当て、並木は言った。

「相内は料理をしないで。怖いから。綺麗な指が無くなったらどうすんの。心配で血の気が引きそうですので。俺がやるから座ってて」

今度は俺が荒い鼻息を吐く番だ。

「俺を何だと思ってる」
「それ以外は完璧だけど料理だけはヤバい人」
「酷い言い方だ。傷ついた。そこまでじゃない」
「あっごめん、ごめんね、確かにそこまでじゃないかも。言いすぎたよ。ついつい」

抱きつかれても苛立った気持ちはなかなか治まらない。

「相内……大好きだよ」
「そんなんじゃ許さない」
「なんで……怒ってんの俺だって」
「は?」
「それやめてよ、ね、仲直りしよう」
「は? 無理」
「相内がキレてる意味はわかんないけど謝るから」
「馬鹿にしてるのか」
「してないしてない。愛してるだけだよ。大事大事なんだよ。ね」

並木が俺の顔を覗き込む。

「乳首にハチミツたらして舐めてあげるから。機嫌直して」

俺の身体がひくりと反応するのを並木は見逃さなかった。

「ハチミツとメープルシロップ、どっちがいい?」
「どっちでも。お前が舐めるんだし……」

言ってしまった時にはもう遅かった。並木は俺の服を脱がすのが異常に速い。

「ラー油とかどうだろうね? はは、うそうそ」

ラー油? どうだろう、どんな感じだろう、ピリピリするんだろうか、などと考えると、もうさっきまでの怒りはどこかに飛んで行き霞んで見えなくなっていた。
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