小説
□3 広樹の誘惑
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「んふー…ねー…あっくん…ふふ…あーっくーん…あ・っ・く・ん」
「うるせーな」
「俺のあっくんはなんでそんなにイケメンなの?」
向かいに座ってニヤけている広樹の顔をまじまじと見てしまう。
こいつの頭は年中常夏だ。
「お前レポート終わったの?」
「まぁだっ」
「手伝わねぇからな」
「え!」
「えじゃねええええ!」
思わずでかい声が出て、周りを見渡す。
大学の図書館は広い。一般にも開放されているうちの大学の図書館は、長期休暇前やテスト前ともなれば学生で溢れ返るが、時期を外して出されたレポートに取り組んでいる俺たちの周りには幸い人がいなかった。
「あっくんたらだめだよ、大きい声出して」
「お前」
「してる時もたまにはそのくらい声を」
「続きを言ってみろ」
「怖いよあっくん目がはんぱないよ!」
俺は手元に視線を戻し、出典を書き移す。
「あっくん」
あとはコピーするページに付箋貼って。
「あっくぅん」
やっぱりこれも借りた方がいいか。
「ねぇなんかムラムラする」
「とんでもねぇなお前は!」
「あっくんに睨まれたらなんだか」
「病気なんじゃねぇの?」
「何とかして」
「トイレでぬいてくれば」
「やだやだそんなの寂しい寂しい寂しい!」
どうしたらいいんだ。広樹の変態が止まらない。
「じゃあさあ!もうそんな冷たいこと言うならさあ!せめて参考文献探すの手伝ってよ!ぷう!」
あれ、なんでだろうな、イライラする。
「1人で行け」
「…冷たい…あっく…俺のこと…きっと…もう好きじゃないんだね…うっ…」
「広樹くんどうしたの!泣いてるの?彰人くん何があったの?!」
「なっつぅ…うう…」
偶然通りかかったらしきなつめに、広樹が潤ませた上目遣いを炸裂させた。
「はうっ広樹くんなんてかわいらしいお目目…」
「なっつ…あっくんが俺に1人にしてくれって…邪魔でうるさいって…別れようぶっ殺すぞって…」
「言ってねえ」
「広樹くん、ほら泣かないで。かわいい顔が台無しだよ」
「なっつ優しい」
「彰人くん、広樹くん泣かせちゃダメじゃない」
俺はなつめにまっすぐ目を見て説教されるのが何より苦手だ。
「恋人には優しくしなきゃ、せっかく好き同士なんだから」
「あっくん、文献」
「仕方ねぇな、何探すんだ」
「何探せばいいの」
「そこからか」
「じゃあ僕は創樹くんの課題の資料探さなきゃだから行くね」
「なつめ…」
「なっつ…」
お前、大変だな…
「まぁいいわ…じゃあほら行くぞ」
「あっくん大好き!優しい!したい!グハッ」
みぞおちに入れなかっただけありがたく思ってほしいものだ。
*
その講義の受講学生はグループ分けされ、グループ毎に割り振られたテーマに関するレポートを書くことになっている。
「この辺じゃないのか?」
「俺のテーマ何だっけ?」
「IT投資マネジメントじゃねえの?」
「そうか!そんな感じ!」
何だかんだで俺はすごく優しいと思うんだけど、どうだろう。
本の背表紙とにらめっこしていると、不意に背中に体温を感じた。
頭だけ動かして振り返ると、広樹が抱きついている。
「こら、何してんだ」
「あっくん」
「お前も探せよってか人来る」
「ねぇ」
言いながら広樹が不穏な動きをした。
太ももの裏に何か固いものが押し付けられてるんですけど。
「おま」
「第三書庫行こう?」
「は?」
「確かあそこに文献が」
「嘘つけよ!あんなとこにIT投資の文献があるか!」
第三書庫は図書館の二階の角にあり、古い書籍が集められているので、滅多に利用する人がいない。
「うん、したいだけ、したいだけだから」
「あっさり本心晒してんじゃねえよ!」
「一回したら真面目にやるから!あっそんな冷たい目で見ないで、イっちゃう」
「黙れどM」
ああ、なんかスイッチ入っちゃいそう。こんな場所なのに…
「あっくん、俺のこと、いじめて…?」
「第三書庫までがまんしろ」
「あ、ん」
背中をとん、と押してやると、切なげな声が漏れて、不覚にも少し興奮してしまった。
*
ひんやりした書庫の奥は、古い紙の匂いが立ち込めていた。