小説
□姫とドーナツ、王子と銀猫。
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姫野と野島が座る2人掛けのテーブル席は、入店する客の注目を密かに集めていた。
「なんか…僕たち見られてるね」
「そう?」
姫野は目の前のドーナツに夢中だった。春の新作が7種類もあり、結局4つも買ってしまった。
「なんでかな…」
「さあ。俺がドーナツ4つも食べてるから?どうでもいいよ」
姫野と野島は、自分たちの容姿が注目を集めているとは思ってもみない。愛らしい顔をした男子高校生2人組が向かい合ってドーナツを頬張る図が、女子高生やごく一部の男子高生を釘付けにしていたのだ。
「野島、食細いね」
「えー、2つって少なくはないような」
「それおいしい?」
姫野は、野島のプレートに乗っている、自分が買わなかった新作のドーナツを指差した。
「うん。少し食べる?」
「じゃあこれあげる」
野島は自分の手が触れた部分を食べさせることが忍びなく、姫野はただ千切るのが面倒で、お互いに相手の伸ばした手から一口かじった。
店内が低くざわめき、小さく歓声をあげる者もいた。
「やっぱそれも買えばよかった」
「おみやげに買って帰ったら?この後本城くんと会わないの?」
姫野は野島にまだ何も説明していない。昨日、自分と本城のせいで野島が嫌な思いをしたのではないかと案じているのに、それを口にできないでいた。
「会わない。今日は野島と遊ぶ」
「そっか…あの、本城くんと…仲直りした?」
逆にそのことに触れられて言葉につまる。
「ん…まぁ…」
「あ、そうなんだ、よかった」
「昨日……野島……」
笑顔になった野島に、一言謝ろうと切り出す。
「僕?あ、聞いた?土屋くんから」
「土屋?」
土屋の名前が出てくる意味がわからない。
「土屋くんが誘ってくれて、アイス食べに行って、ビリヤード教えてもらって、ダーツやって」
「2人で?」
「うん。カラオケも誘ってくれたんだけど僕は歌わないから土屋くんが歌うならって言って、そしたら土屋くんがそれじゃ野島がつまんないだろって言ってね、僕は全然よかったんだけど、結局少しお茶してから帰ったよ」
……土屋…。
土屋はまったりお茶なんかするようなやつじゃない。野島に合わせたな。
「…バスケの試合観に来いって言われなかった?」
「言われた言われた!今度観に行こうかと思ってる」
野島はニコニコしながらドーナツをかじった。
土屋は野島さえその気になれば落ちる気がするが、野島の気持ちについては全くわからなかった。今だって、嬉しそうにしているのは友達と楽しく遊べたからなのかもしれない。
土屋のことをどう見ているのか。本当にノンケなのか。
野島に初めて会った時のことを思い出した。
野島は本城と姫野にこう言ったのだった。
『僕は男の子好きにならないから。邪魔はしないから』
「野島は前の学校に彼女とかいなかったわけ」
野島は一瞬視線を落とした。
「…好きな人はいたよ」
「片想いだったの?」
「多分。多分、僕だけだった」
野島は確かめるように言う。
叶わない恋だったのだろうか。
「ふぅん」
「ねぇ、姫野くんたちはどうやって付き合うことになったの?」
「忘れた」
「嘘!ねぇどうやって?」
「絶対教えない」
「いいなぁ…僕も新しく好きな人、欲しいなぁ」
男でチャラくてバスケ部でいいなら近くにまあまあな物件がある、と言いかけてやめる。
本人たちが決めればいいことだ。他人が入るとややこしくなる。
「まあ、できるんじゃない、そのうち」
「そうだね。そしたら姫野くん、相談に乗ってくれる?」
ん、と返事をすると、野島は少し下を向いて笑った。
なんとなく、野島には想う人がいるような気がした。
この、他人のことばかり考えているお人好しが、大事な人を手に入れられる日が果たして来るのだろうか。
唐突に本城の顔が思い浮かんで、姫野はカップに残っていたカフェオレを飲み干す。
「…やっぱりおみやげドーナツ買おう」
「じゃあ僕も」
プレートを空にした2人は、トレーを下げてから再びカウンターの列に並んだ。
*
…はぁ。
本城は、テンション高くマイクを握る友人たちの歌をぼんやり聞きながら、もう何度目かのため息をつく。
どうしても野島と2人で遊ぶと言って譲らなかった姫野に負けて、今日は一日放置されている本城だった。たまたまクラスメイトに誘われて、気分転換にと来たカラオケ。
本城は釈然としない。本城にヤキモチを妬かせたいということはわかっている。わかっていて了承したのに。
やっぱりあまりいいものじゃないな。
明日は2人で何をしよう。
本城はグラスを取ってウーロン茶をごくりと飲んだ。