小説2

□15 釣り からの
1ページ/7ページ


「スカッと晴れたねぇ」
「おう」
「気持ちいいねぇ」
「だろ?」

彰人くんが僕を見て微笑む。

家を出たのはまだ朝の早いうちで、その時には既に汗ばむような暑気が立ち上り、その日1日が暑くなることが容易に想像できるようだったのに。

「涼しいなぁ」

僕は釣り竿を両手で支えながら深呼吸をした。

レンタカーを借りて、彰人くんと1時間くらいドライブして着いたのは、木の生い茂る川辺。重なる枝葉で深い日陰ができて、その下でのんびり釣りをするのは本当に気持ちがよかった。
僕は全然釣れないけど、来てよかったな。

「創樹くんたちも来ればいいのにね」
「あの2人はアウトドア来ねえだろ」
「うん。全然興味ないって言ってた。でも勿体ない」
「広樹はうるさいから連れて来たくない」

創樹くんの予想が当たっていて僕は笑ってしまった。

「さっきメールしたの、創樹に?」
「うん。場所と時間を教えろって言われてたから」

大体の場所と川辺の写メと「今から釣ります。すっごくいいとこだよ」という一文を付けて。返事はないけど、ギリギリ電波があってよかった。

彰人くんは眉間にシワを寄せて少し黙った。

「嫌な予感がする」
「え」
「うるさい気配が近づいてる気が」

そこで対岸の低木がガサッと音を立てた。

「わぁっ」

僕はびっくりして彰人くんの腕に掴まってしまった。

「あ、キツネ!」

顔を出したのはかわいい顔をしたキツネで、こちらをじっと見たあとですぐに姿を消した。

僕と彰人くんはしばらくキツネが顔を出したところから目を離せずにいた。やがてどちらからともなく顔を見合わせて、くすっと笑い合った。

「キツネなんかいるんだ」
「俺も初めて見た」

なんだか得をした気分になって、僕たちはまた笑った。そこで、彰人くんの腕を掴んだままだったことに気付いた。

「あ、ごめんね」

慌てて放して少しよろけてしまい、足元の砂利で更にバランスを崩しかける。
倒れるかと思った瞬間、あぶね、という声が聞こえて腕を引かれた。気づいたら彰人くんの胸に寄りかかっていた。

少し見上げる位置に、息を飲むほど整った顔が。

「……あ、ありがとう」
「コケたら痛そうだし。砂利」

そう言って笑いかけられ、危うくバリタチの看板を下ろしかけた時、今度は後方の少し高くなった、僕らの車がある方からバキッという音がした。

振り向くと、大きな岩影にあるごく細い若木が倒れるのが見えた。

「…あんな木でも倒れるんだね」
「…だな」

僕たちはなんだか釈然としないまま、釣りに戻った。



 *



岩影で2人の動向を観察してたら、なつめと彰人が期待以上に接近して、それを見た広樹が掴まっていた木を片手で折り倒した。
兄ちゃんハンパねえ。

「創ちゃん。俺はもうだめだよ。うふふ、なっつを丸焼きにしよう」
「静かにしろよ、バレたらつまんねぇだろ」
「俺は今が一番つまんないよぉ!ひぃん」
「わかったからちょっと正浩、広樹をなんとかしろ」
「広樹、もう少し我慢したらほら、好きなだけ彰人くんペロペロしていいから」
「ぐぬぬぬ」

俺も広樹も運転ができない。免許がないという意味ではなく。
それで、前に職場の居酒屋で広樹が連れて来た彰人に一目惚れした、俺たちの高校の同級生である正浩に、運転その他もろもろを頼んだ。
正浩は、俺の計画を聞いたら二つ返事で乗ってきた。

ちなみに広樹にはその計画は内緒で、ただ単に、彰人と楽しく一泊イチャイチャできるよ、でもいきなり出て行って釣りの邪魔して怒られるより、十分釣らせてやって機嫌良くなった彰人をペロペロしたいだろ、と言って説得してある。

まぁ俺には違う目的があるけど。

家を出発したとこから尾行がうまく行き過ぎてなつめからのメールの意味なかった。

到着して大量の荷物下ろしてから、2人の釣り場へ様子を見に来たのだった。

なつめから釣り開始のメールが来てから1時間。俺と正浩はそこを離れたがらない広樹を引きずり、キャンプの準備に取りかかることにした。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ