小説2

□みんな大好き木野せんせー!
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「あれ、青戸(あおと)どうしたの。帰らないのか?」

いつも真っ先に教室を出て帰っていく青戸が自分の席に伏せていた。黒い頭につむじが見える。俺はそこを人差し指でぐるぐる撫でた。

担任をもっている1−1の教室を覗いた俺が声をかけたのに、全然反応がない。皆下校したらしく、他の生徒は誰もいない。

「おぉい、あおとー」

青戸は普段は無口で表情もあまり動かさない。反抗的ということはないけれど、彼とどうコミュニケーションを取っていこうか考えあぐねていた。

出席番号順に並んでいるので、青戸は廊下側の一番前の席だ。

おもむろに起き上がった彼は、一点を見つめたまま動かない。

「どうした?」
「…」
「何。なんか悩み事?先生に話してみるか、ん?」

冗談めかして聞いたのに、彼は眉間に皺を寄せて頷いた。
着崩した制服の胸元から鎖骨が覗いている。

「なになに、珍しいな、どうしたの」
「…ここじゃ話せない」

そんなに深刻なのか。
俺は途端に心配になって考えをめぐらす。

「そっか…指導室行くか?」

青戸が頷いてガタリと椅子を引いたので、先に立って廊下へ出る。

青戸が悩みを抱えているなんて気づかなかった。でもせっかく担任の自分に頼ってくれたんだ、なんとしてでも力になりたい。
俺は自分より背の大きい青戸を従えて指導室へ向かった。



指導室に入り、促すと、彼は長い足を開いて使い古されたソファにどかりと座った。
俺はテーブルを挟んでその向かいに掛ける。

話し出すのを待つと、彼は顔を上げて俺を見た。
切れ長の瞳が射抜くような鋭さを発している。

「先生、隣に座って」
「はい?」
「正面にいられると緊張するから、こっちに来て座って」
「お、う」

俺は若干動揺しながら回り込んで青戸の隣に座り直す。

並んで座るとやはり青戸はでかい。ごつくはないけど薄くはない胸板が目の前にあり、決して大柄ではない俺は少し気後れする。
そんな俺を、感情のこもらない目で見ながら、青戸は言った。

「先生、セックスさせて」
「何?」
「セックス」
「は?」

「先生とヤりたい。ヤりたくて狂いそう。辛い。苦しい」
「ちょちょちょ、待て、」
「先生、助けて」
「あのぅ、意味がよく」
「木野先生、俺の悩みを解決して」

眉ひとつ動かさずに青戸が言った言葉を聞いて俺は固まる。

生徒が苦しんでいるらしいのに何もできないとか教師失格だ…でも悩みがちょっと何言ってるのかよく…いやでも悩みなんて人それぞれだし…でも青戸の言い方がなんか棒読みなのが気になる…でもでも、みんな俺のこと木野っち木野っち言って友達みたいに扱ってくるけど青戸は俺のこと先生て…先生て!

「どうすればいいの?」
「え」
「え?」
「…いいの?」
「いいけど俺ちょっと男同士の仕方とかよくわからんから。青戸はわかるの?」
「…まぁ」
「じゃあ任せるから、ほら、いいよ」

俺が真面目な顔で腕を広げると、青戸はまじまじと俺の顔を見た。

「しないの?」

首を傾げて聞くと、青戸がどんとぶつかるように俺をソファへ押し倒した。



 *



男なんか抱ける訳がないと思っていた。

同じクラスの荒木や新美(にいみ)が、男でも担任の木野なら抱けると言い出し、俺は無理だと言った。
負けたやつが木野に抱かせろと言って反応を見るという罰ゲームのもとでジャンケンをすると一発で負けた。

そもそも俺は抱けないと思ったのだから圧倒的に理不尽な罰ゲームだったのだ。あいつらは抱きたいのだから罰ゲームにはならないではないか。
俺はふて腐れながら教室で木野を待った。

荒木と新美は俺が罰ゲームを終えて学校を出るのを外で待っている。

指導室に誘導してソファに押し倒した木野は俺より小柄で童顔で、とても担任とは思えない。

木野の担当教科は選択科目の書道。思い切りよく自由に、生徒の書きたいように書かせつつ、作品をより良くする書き方を明るく指導しながら進められる授業は、上級生にも人気が高いらしい。

少し緊張した面持ちで、それでもさぁおいでと言いたげに微笑む顔は、生徒に対する責任感の強さを感じさせる。




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