小説2
□並木の誕生日
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『なあなあなあ相内相内、明日なんの日か知ってる?』
大学の後、バイトが終わってから、並木が電話をかけてくるなり言った。
「明日?」
明日は7月30日。
とりあえずバイトの休みを取れと言われていたけれど、何があるのか全くわからない。
『なんでこんな付き合い長いのに知らねえの?』
「なんの日?」
『俺の誕生日』
それは。
「おめでとう」
『ありがとう。ってまだだって、明日だって』
「でも明日会えないかもだし」
『なんで!お前さ、誕生日だぞ?彼氏の誕生日だぞ?』
「彼氏じゃない」
『予定あったとしても普通は夜遅くてもいいから会えない?とかの話になんだろ?しかも明日は空けといてって言ったじゃん!つか彼氏じゃないってなんだよ!きーっ!』
「じゃあ、夜の10時頃でもいい?」
『えー!なんでだよ……バイト入れたの?』
「うそ。1日空いてる」
『……お前』
ちょっとからかうとすごくおもしろい。
それが並木。
「行きたい所とかあるの?」
『ふっふふ…。観覧車乗りに行こうぜ』
気持ちが悪い。
「男2人でか……」
『なんでテンション下がんの。男2人だと思うからだろ?好きな人と観覧車だぞ?すごくベタだろ?』
「好きな人…」
『少なくとも俺はね』
電話で良かった。照れた顔を並木に見られなくて。
とりあえず昼過ぎにまた連絡し合うことにして、電話を切った。
午後2時に並木のアパートに迎えに行った。
インターホンを押す前に、玄関で靴を履いて待っていたらしい並木が飛び出してきた。
「遅い!」
「いや、丁度だけど」
「遅く感じたって意味だ!」
俺たちは駅から街の方へ出た。
店をぶらぶらして夕方にお腹が減り、ファミレスに入った。
「誕生日なのにファミレスでよかったの?」
「別に。全然悪くない。相内がいればなんでもうまい」
ふざけた節をつけて並木が言って、俺は笑った。
「ケーキとか…なんかデザートでも食う?」
「甘いものそんな好きじゃねえし、いいわ」
並木はハンバーグプレート、俺は和風きのこパスタにした。
「ねえ相内」
「は」
「ひとくちちょうだい」
「はい」
「違う違う、あーん、は?」
無視して食べ続けてふと見ると、並木は悲しげな顔をして箸でハンバーグを細かく切り刻んでいた。
「怖いからやめろ」
「だって…誕生日なのに…」
急いでフォークにパスタを巻いて、並木の口元へ持っていく。
「ほら」
並木は満面の笑みで、あーん、と自分で言いながらそれを食べた。
ハンバーグもあげるという勧めは、お腹が一杯だからと断った。
「きたー!今日のメインイベント!」
「でかいな」
その観覧車は商業ビルの屋上にあって、それ自体が綺麗にライトアップされている。
「夜景が綺麗に見えるだろうな」
「俺、高所恐怖症なんだけど」
「目瞑ってれば?」
「まぁいいわ。誕生日だからな」
「そうだ。誕生日だ!」
並木は喜び勇んで乗り込み、俺も後に続いた。
「俺、公務員目指すわ」
向い合わせで乗り込んで、ひとしきり夜景を眺めてから、並木が唐突に言った。
「公務員?なんで?」
「生活安定させて、相内を養えるように」
言っていることの意味がわからない。
「そんな必要ないだろ、俺も就職するし、」
「だってさ、俺たちに赤ちゃんができたらお前働けないだろ」
「………なに?」
並木は真顔だ。
「相内が育児に専念できるように、俺は安定した収入を得て、相内と赤ちゃんを守る」
あり得ないことなのに、一瞬、並木が子どもを優しくあやす光景が目に浮かび、甘酸っぱいような気持ちになった。
が、しかし。