小説2
□大切
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真剣に、人を好きになった。
10も年下で、友人のいとこである彼は、いつも怒っている。
その顔がかわいくて、俺は怒らせるようなことばかり言う。
少しからかえば怒り、ちゃん付けで呼べば怒り、それでも、たまに優しくすると大人しくなる。
素直じゃないのか、素直すぎるのか、よくわからない。
無愛想を売りにしているのかと思うくらい、滅多に笑わない。
笑いそうになると、それさえも怒りに変えてぶつけてくる。
彼とはそうやっていつも、コミュニケーションを取っていた。
下手な会話よりずっと、それは俺を満たしてくれる。
ここ最近は仕事が立て込んで、彼との僅かな逢瀬ですらままならなかった。
もう2週間、顔を合わせていない。
彼がそれをどう思っているのかは、毎日するメールではよくわからない。
でも、俺の方がもう限界だった。
「歩、今何してた」
金曜日の夜、無理矢理仕事を切り上げて、会社を出てすぐに彼に電話をかける。
彼の後ろはなんだか騒がしい。
『…友達とカラオケ』
愛想も何もなくぽんと放られる声に、疲れた心が温められる気がした。
「明日また仕事だけど、遅くなってもいいから来ないかと思って」
駐車場の車に乗り込み、煙草に火をつける。
『終わったら行く』
「迎えに行こうか」
『いいって。自分で行く』
意地を張る。
絶対に甘えて来ない。
男同士、プライドがあることがわかっているからなのか、それに対する不満は俺には全くなかった。
「じゃあ、後でな」
電話を切って、少し余韻に浸る。
彼は嬉しそうな声も出さなかったし、仕事終わったんだとか、お疲れ様とか、そんなことも何一つ言わなかった。
ただ、彼が行くと即答してくれただけで充分だった。
出会ってすぐに俺は彼を気に入って、彼を家に呼んでは手作りの飯を食わせた。胃袋を掴もうとしたのだ。我ながら健気だった。
そうして徐々に懐柔して、距離を縮めて、ここまで来た。
彼は次の春、高校を卒業する。
日付が変わる頃、彼はうちに来た。
部屋に上がり、テレビの前に陣取って、疲れた、と言った。
「あゆちゃん、友達いるんだな」
「いるし!」
彼はすぐムキになる。
「楽しかった?カラオケ」
「普通」
そして怒り以外の感情は全力で抑えてくる。
俺は少し離れた2人用のダイニングテーブルの椅子に座り、煙草に火をつけてから、テレビのチャンネルを替え出した彼を観察した。
久しぶりだ。本当に。
前に見た時より、少し髪が伸びている気がする。
2週間でそんなに変わるわけはないけれど、俺にとってはそのくらい長い時間だった。
「なんか飲むか」
「ココア」
「ガキ」
「うるせえ、オヤジ!」
罵声を背中で受け止めながら、俺は煙草をくわえたまま、彼のためにお湯をわかし、彼のためにストックを切らさないようにしている缶を手にする。
彼が部屋にいるだけで、さっきまで怒濤のように流れていた時間が緩やかに変化するような気がした。
いわゆる癒し系というやつには程遠い雰囲気なのにと、いつも不思議なのだが。
俺はやはり疲れていたらしい。
ソファに座って彼の頭や肩に触れて、テレビ見てるのにうぜぇ、と切り捨てられながらちょっかいをかけ、そのうちうたた寝をしてしまった。