小説2
□大切
2ページ/3ページ
はっと目を覚ますと、床に座った彼が俺の顔を覗き込んでいた。
目が合って散ってしまったけれど、確かにその顔には滅多に見ないような真剣な表情が浮かんでいて、俺は思わず彼の頬に手を伸ばした。
「なに」
短く言って離れようとするのを逃さず、ソファに引き上げる。
「あゆちゃん、癒せよ」
ぎゅっと抱きしめると、抵抗するように彼はもがく。
「会いたかった」
背中や頭を撫でるとすぐに大人しくなった。
彼はたまに、こっそり俺の匂いを嗅いでいる。
「キスするつもりだった?」
「は?んなわけないだろ」
「じゃあなんで見てたんだよ」
「べっつに」
「素直になれって」
「うるせえな、もう放せよ」
本格的に抵抗し出した彼を、俺はありったけの想いを込めて抱きしめる。
「もう少しこのままでいて。本当、会いたかったよ」
すると彼は珍しく、俺の顔を真顔で見た。
「働きすぎじゃね。すげえ疲れてるじゃん」
俺はしばらく黙って彼の顔を見つめ、その言葉を噛みしめた。
「なんだよ。きもちわるいっ」
居心地が悪くなったのか、彼は手で俺の顎をぐいっと押した。
俺は堪えきれずに微笑んだ。
「今はもう疲れてない。お前の顔見てたら元気になったわ」
来てくれてありがとうな、と言うと、なぜか彼はまた怒り出した。
「嘘つけ」
「何が」
「疲れてるじゃん」
「いや?もう大丈夫」
「仕事、そんな大変なのかよ」
「別に」
「っ、お前!」
彼はガバリと起き上がり、ソファの脇に立って俺を睨み付けた。
「俺は浩介の子どもじゃねえんだよ!」
俺は意味がわからず、とりあえず起き上がって座った。
彼はまだ目をつり上げている。
「大変だとか疲れてるとか、俺に隠すことねえだろ!そんなに年下が頼りないならもう別れれば!」
俺は、自分の隣をぽんぽんとたたいた。
「歩。とりあえず座れ」
自分の言葉にショックを受けたみたいに固まってしまった彼を、引き寄せて座らせる。腰に手を回して彼の顔を覗き込んだ。
「お前、そんなこと思ってくれてたのか」
彼はわざと目を逸らし続けている。
「悪かったな」
頭を撫でながら頬にキスをした。
「まあ、さっきまでは疲れてたんだけど、今はすげえ回復したわけよ。なんでかわかるか?」
彼は返事をしない。
「大好きな人がわざわざ会いに来てくれたから。しかもその人は俺のこと心配してくれて、それだけで疲れなんかどっか行く。本当だ」
横から抱きしめても、彼は抵抗しなかった。
「なぁ、歩。好きだよ」
彼の髪にキスをする。
「だから、別れるなんて言うな。お前から見ればオッサンだけど、我慢して」
すると彼は、落ち着かないような素振りで少しだけこちらに顔を向けた。相変わらず視線は交わらない。
「別に、俺は別れたいとか思ってねえし…」
俺はわざと返事をしなかった。
続く言葉を全部聞いておきたかった。
「…オヤジとか言ったけど……別に思ってないし…」
それから?
俺は声に出さずに問う。
「とにかく好きで一緒にいるんだから俺はいいんだって!」
ふん!と声が聞こえそうな勢いでそっぽを向いた彼を、俺はとても愛しく感じた。
「俺のこと、好きで、一緒にいるんだって?」
好きで、にアクセントをつけて意地悪く聞いてやると、背を向けた体から裏拳が飛び出してきた。
手のひらで受け止める。
パシッという音がした。
「あっぶねえなぁ、あゆちゃん怖い」
「ふざけんなよ!俺は真面目に言ったのに!」
「好きなの?俺のこと」
「知るか!あほオヤジ!」
「騒ぐなってクソガキ」
彼の手首を掴んでこちらを向かせる。最上級にむくれた頬を手で包み、親指で肌を撫でる。
「ほんと、かわいいよ、お前は」
唇に優しくキスをすると、彼の体から力がふっと抜けた。
「あゆちゃん、ちゅう好き?」
至近距離で、逃げられないようにして、俺は聞く。
「あゆちゃんやめろ」
その声にはもう威勢がない。
「歩」
彼は耳元で囁かれることに弱い。
もう一度キスをして、やっぱりもう一回、今度は少し深いキスをして、それから俺たちはベッドに移動した。