小説2

□森田と岡崎
1ページ/4ページ





次の配達先は――あの店か。

その店にいる店員の顔が思い浮かんで、胃が痛んだ。

どうか今日は別の店員がいますようにと願いながら、俺は配達用のトラックのハンドルを握った。









「あーっ、森田さんじゃん!おつかれさまー」
「……どうも」

耳がピアスだらけのその店員は、俺を見かけるなりヘラリと笑いながら近づいて来る。

たれ気味の瞳は大きく、顔の造りが整っていて、俺はそれだけでもう劣等感を呼び覚まされる。
胃がキリキリした。

「サインお願いします」
「今日これだけー?」
「ですね」
「あーすげぇ。森田さん、今日もいいねー」

来た。
必要以上に近づいて、僅かに首を傾げながら俺を見て笑う。

この岡崎というチャラチャラした店員は、眼鏡がないと何も見えないしファッションにも疎いし愛想もなく見るからにつまらない風貌の俺をからかうのが好きなのだ。
本当に嫌な奴だ。

一刻も早くこの店を出たいと願いながら、頬に伸びてきた岡崎の手を避ける。

「……サインお願いします」
「サインねー。森田さんが下の名前教えてくれるならしてもいいよ。ね、名前は?」
「あの、急ぐので、」
「こら正浩、業者さん困らせんな。仕事しろ」

奥から出てきた強面の店長さんが岡崎の背中に呼びかけて、岡崎は店長さんに見えないように眉を吊り上げながら、あぁいと返事をした。

「今度教えてね、名前」

納品伝票にサインをする岡崎の髪の毛は金髪に近い茶色で、触らなくても傷んでいるのがわかる。

「はい、伝票」
「どうも」

差し出された伝票を掴むと、その手をさらっと触られて俺はびくついた。

「かぁわいいっ」
「………毎度です」
「またねぇ、森田さん」

小さく手を振る岡崎に、俺はどうしようもなく腹が立った。

人をからかって楽しむタイプの人間が、俺は一番嫌いだ。





 *





ああ。森田さんもう帰っちゃった。

割り箸とか串とかプラパックとか紙ナプキンとか、食品以外の備品関係の配達は多くて週2回しかないのに、森田さんは毎回すぐ帰ろうとする。

なんとか引き留めようとしていろんなことを聞くのに、滅多に目も合わせてくれない。

森田さんは多分俺より2、3コ歳上で、ものすごく真面目そうだ。

そして多分俺みたいな軽そうなタイプが嫌いだ。
話しかければかけるほど、嫌われていっている自覚がある。

それでも気になって、構いたくて、何か反応を返して欲しくて。
小学生のガキみたいだ。



最初は全然気にならなかった。
というかもう視界にすら入ってない感じ。

他の業者と何ら変わりない、ただバイト先でたまに会う人間。

その見方が変わったのは、たまたま誰もいない倉庫に森田さんが荷物を積んでいた時。

普段は店先に置いてもらって後は誰か店のやつが倉庫に入れるんだけど、その日は森田さんの配達が遅れて、プラスこっちは貸し切り開店直前で、しかも人手不足でてんやわんやだった。

森田さんは店長に断ってわざわざ奥まで荷物を運んだ。

俺が倉庫の前を通りかかると、馬鹿丁寧な手つきで段ボールを重ねる森田さんがいて、見ている俺に気づかずに彼は綺麗に、かつ迅速に仕事を終えた。

もし自分だったら誰も見ていない所で、しかもクッソ忙しい中、あんな仕事ができると思えなかった。

そこからだ。俺の森田さん贔屓が始まったのは。



森田さんは白いシャツを着ている。配送という仕事柄、もっと汚れてもいい服でいればいいのに、絶対に白シャツだ。
ボタンなんか一番上まで留めている。パンツインはしてないけど。

他のヤツがそんな格好してたら吹き出すとこなのに、森田さんが着てるとすごく清潔な感じがするのが不思議。

そう。森田さんにはいつも透明な清潔感が漂っている。チャラい俺に嫌悪感を抱いているらしいところさえも、その象徴な気がしてちょっといいなと思ってしまう。

仕事でついたのか、大人しそうな外見に似合わずちょっと筋肉質な感じとか、背も俺よりちょっと高いとか、何気に観察してて自分でもキモい。

でも好きとは違うような。
あきくんとかなっつくんとかと違って、抱かれたいとか抱きたいとかそういうのでもないような。

どう思われているかなんて関係なくて、なにか接点がほしくて。
無駄に話しかけてはいつも空振りに終わっている。





 *





「毎度さまです」
「ご苦労様です!」

良かった。今日は岡崎がいない。
出てきた女の店員に安堵しながら伝票を差し出して検品を頼む。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ