小説2

□ゆっくりでいいなら
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「のりちゃんさぁ、あのドーナツ屋さん行った?」

先輩が、きれいな指で雑誌をめくりながら俺に聞く。

休みを合わせて1日ゆっくり遊ぼうと先輩が誘ってくれて、とりあえずうちでまったりしているところだ。

先輩は俺の呼び名をのりちゃんに戻した。

「あの、新しいところですか」
「そうそう。東京でしか食べられないんだと思ってたけど、こんな地方にも出店するんだなぁと思ってさ。気にならない?」
「買って来ましょうか」
「えー。一緒に行こうよ」
「一緒に…」
「せっかく休み合わせたのにずっと家にいるのはもったいないよ。ね、たまにはデートしよう。広範」

でも、ここぞという時に不意に広範と呼ぶので、俺はその度に心臓を撃ち抜かれる。
先輩は多分わかっていてわざとそうするのだ。

好きだ。
好きすぎる。

未だに、先輩と付き合ってるなんて夢なんじゃないかと思っている。








「うわぁ、いっぱいあるなぁ。どれにしよう」

先輩は、パン屋のようなディスプレイに並べられたたくさんのドーナツを前に目を輝かせている。

かわいい。なんてかわいい人なんだろうか。

「のりちゃんはどうする?何個食べる?」
「えと、先輩は、何個っすか」
「俺ー?俺は……腹減ってるしなぁ。3個かな」
「じゃあ俺も」

本当は、そんなに甘いものが得意な方ではない。
ドーナツを一気に3個も食べたことはなかった。
1人ならまずドーナツは買わない。

それでも、先輩の顔を見ていたらそんなことはどうでもよくなって、先輩と一緒に食べるなら何だっていくらでもイける気がして、でもなるべく甘そうではないものを3個選んでトレイに乗せた。

会計の時、持ち帰りか聞かれた先輩が「いえ、食べていきます」と言うのを聞いて、少しドキドキした。

俺と2人でドーナツを食べて先輩は楽しいのだろうか。
俺はまだ、そういう思考をやめられない。

一緒に頼んだコーヒーを2つ受け取ると、先輩は日当たりのいい窓側の席へ歩いていく。

「大丈夫すか」
「なにが?」
「見え、ますけど、外から」
「なにが?」
「俺と、いるのが」

先輩はあははと笑った。

「のりちゃんは犯罪者かなんかなの?」
「前科はないです」

変なことを言ったつもりはなかったけれど、先輩はまた笑った。

「じゃあいいじゃん。それとも広範は俺とドーナツ食べてるとこ友達に見られたくない?」
「そんなわけありません!」
「だったらもうそんなこと言わないで。悲しくなるから」

そう言った先輩の顔は笑ってはいたけど本当に少し悲しそうで、俺は死ぬほど慌てた。

「あっ、あの、本当に俺は、幸せだし楽しいし大好きですから!」

思わず先輩の手を取って言ったら、先輩はすごくびっくりして、ちょっとのりちゃん声おっきいから、と言って赤くなった。
はっとして周りを見たら、他の客に見られていた。

死にたい。








「どうした?もう腹いっぱい?」

ドーナツを2つ残して動かなくなった俺を見て、先輩は不思議そうな顔をした。

「いえ…」

正直、少しキツかった。甘いから腹というより胸がつかえる感じがして、その上先輩と外でものを食べるというシチュエーションに緊張もしていた。

「もしかして、甘いもの苦手だった?」

先輩に言われて、苦手ですとは言いづらく、かと言って嘘はつけず、俺は頭がパンクしそうになった。

すると先輩はさっきみたいに悲しそうに笑って、帰ろうか、と言った。

胃が、鉛を飲み込んだように重くなった。
先輩にはずっと笑っていてほしいのに、そんな顔をさせた自分を呪った。






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