小説2

□変わらないでいたい
2ページ/5ページ


眼鏡の奥の瞳はひどく落ち着いて見える。

「お前が俺と女の子に挟まれて苦しむようなことにはなりたくないから」
「何言ってるの?俺にわかるように言ってよ」

この冷静さが、俺を捕らえて離さないんだ。
相内のそういうとこ、俺は昔から尊敬してた。

俺がそうして全然関係ないことを考えていると、相内はまた少し笑った。

「俺はしばらく諦めつかないかもしれないけど、覚悟はしてる。お前が普通に戻りたいなら別れるよ」

相内の言う『戻る』の意味がやっとわかって、甘い気持ちが沸き上がった。

「そりゃ、お前ら3人を押し退けて俺がトップっての、悪い気はしないけど」

相内に体を密着させて壁に押し付ける。

「今、俺が欲しいのは相内だけだよ」

届け届けと思ったら、囁くような言い方になった。

相内が俺の唇を見た。
嬉しい、俺も、同じ気持ち。

キスをすると、相内は珍しく自分から俺の首に腕を絡ませてきた。

この冷静な男の心に俺が嫉妬の波を立たせたのかと思ったら、少し興奮した。

なあ相内。俺たち、どうやって友達やってたんだっけ。

相内の舌が俺の唇を割り、俺もそれに応えるようにしながら相内の腰を抱き寄せた。



「――何、してんの」



扉の方から声がして、慌てて離れると、そこに居たのは柿崎と野村だった。











「え……付き合ってるって、は……どういうこと…?」

柿崎が、これ以上ないほど狼狽えている。
野村は無表情、無言のままだ。

「俺は、友達としてじゃなく、恋人として並木のことが好きなんだ」

相内が落ち着いた声で答えている。

「……は、はぁ……」

柿崎はただただ困惑しているようだった。

それはそうだ。
友達同士の軽くないキスを偶然見てしまったら、誰でもこんな顔になるだろう。

逆だったらと思うとゾッとする。
何かの冗談だと思うだろう。
でも。

「びっくりしたと思うけど、ほんとで、俺も相内が好きで、」


「気持ちわる」


低い声が聞こえて、顔を向けると野村が俺を見ていた。
長い付き合いだけど、野村のそんな目を見たことはなかった。

「なんのつもりか知らないけど、幸せになれよって笑ってもらえるとでも思ってたのかよ」

冷たい瞳が今度は相内に向けられる。

「合コンってわかってて来たくせに、こんなとこでコソコソ盛り上がって、俺らを騙して楽しかったか」

相内はその鋭さを正面から受け止めて言う。

「野村と柿崎にはちゃんと話そうと思ってた。なかなか落ち着いて話せる機会がなくて、こんなふうに話すことになって、悪かったと思う」

なんとかわかってほしいという俺の期待も虚しく、野村は相内の言葉を鼻で笑った。

「知るかよ。そんな話は二度と聞きたくない。ほんと、気持ちが悪い」

吐き捨てるように言って、野村は俺たちに背を向けた。

「お前らの関係なんかどうでもいいけど、女の子たちは何も知らないんだから、旅行終わるまでは普通にしろ」

立ち止まって一言残し、野村は部屋を出て行った。

「あ、のさ、野村の言い方はちょっとキツかったけど……多分、ショックだったんだと思うよ、いろいろ」

柿崎のいたわるような言い方が、逆に居たたまれない。

「俺もまだちょっと…どう考えていいのかわかんないし……とりあえず野村と話してみるから。俺にも時間くれよ」

柿崎は相内と俺を見てぎこちなく微笑んでから、野村の後を追って行った。



俺はしばらく動けなかった。

甘かった。
どこかで、野村と柿崎は受け入れてくれるだろうと期待していたんだ。

あれが社会一般の反応だ。
普通の見方なんだ。

おかしいのは俺たちだ。


「マズったな。とりあえず野村たちの気持ちが落ち着いてからもう一回話すしかないか」

顔を上げると、相内が俺を見ていた。

「あいうちぃ」

相内が平然としていたことと、極度の緊張から解放されたことがごっちゃになって、俺はなんとも情けない声をあげた。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ