小説2

□あなたたち、狙われていますよ。
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「柏木さんてすごい。何でも1人で完璧にできちゃうような感じですよね」

何かの飲み会で隣になった時、鳴海にそう言われた。

そんなことは断じてないと言うと、鳴海はふにゃりと笑った。

「できる人はみんな、そう言いますよ」

お前はどの視点からものを言っている、と軽く頭を叩くと、またへにゃりと笑う。
酔った鳴海はいつもふにゃふにゃになるのだ。

「僕は優秀な先輩について行くので精一杯です。役立たずの後輩で、全く、はぁ」

ため息をつく鳴海に、俺は敢えて言葉をかけずに放置した。

「柏木さん」

無視されたことに対してか、鳴海は不満そうな声を出す。
普段は絶対にこんな態度をとらないのに。

「ねえ柏木さん!」
「なんだよ」

返事をすると、あは、と笑う。
目の周りが赤い。強くないくせにそんなになるまで飲んで。
襲われるぞ。
俺に。

「僕は柏木さんについて行きますよ、柏木さんのことなら何でもわかるようになります」
「…お前、飲みすぎだから」

酔った後輩のためにウーロン茶を注文する。

だったら、お前に対する俺の気持ちにも気づいてみろ。

「その上で俺について来るって言ってみろよバカ野郎」
「にゃんでふか、かひわぎはん」

鳴海の頬をつまみながら、俺も相当酔っていると密かにため息をついた。











「戻りました……」
「お疲れ」

外回りから戻った鳴海に、パソコンの液晶から視線を逸らさないまま声をかける。

まだ入社1年目の後輩の、明らかに元気のない声が気になったが、俺からは聞かない。

見積書の作成を続けていると、鳴海がすぐ隣に突っ立ったままであることに気づいた。

「なんだ」

座ったまま見上げると、眉を下げた鳴海と目が合った。

「どうだった?赤木社長のとこ」
「……駄目だって言われました」
「それで?そのまま帰ってきたのか」
「お前じゃ駄目だって言われて…柏木さんから連絡ほしいって」
「お前は伝令じゃねえんだぞ。そう言われてはいって返事して帰ってきたのかよ」

鳴海はますます眉を下げる。

「話を続けようとしたんですけど、柏木さんと話をするの一点張りで全然聞いてもらえませんでした……すみません」

割と大きな取引先である会社の赤木社長は、偏屈なことで有名だった。

ガチガチだったその頭を、鳴海の前任の俺が2年かけてゆっくり解凍した。だから、俺が赤木社長に気に入ってもらっていることは俺を含めてうちの会社のほとんどの人が周知していることだ。

「まぁな。あの人は難しいけど」
「一度話してみていただけませんか。すみません、力不足で」

完全にしょげかえっている鳴海を見て、俺の中には甘い感情が沸き上がる。

気が弱くて、真面目で、一生懸命な後輩。

よしよし、かわいいな。
俺が全部引き受けてやるから安心しなさい。
泣かなくていいから。

泣いてないけど。

泣かせたい。

と、そこまで考えたところで、俺の沈黙を怒りと勘違いした鳴海が一層辛そうな顔をして、すみませんと言った。

「…わかった。連絡入れるから」
「お願いします」

鳴海はやっと自分の席につく。

すぐに赤木社長に電話を入れる。

「社長。株式会社サワムラの柏木です」
『ああ。柏木くん。久しぶりだね、元気?』
「はい、お陰様で。社長もお元気そうですね」

赤木は電話の音が割れるほどでかい声でガハハと笑った。

『君はバリバリやってるんだろう』
「いえ、細々と馬車馬のようにひっそりバリバリやっています」

赤木はまたでかい声で笑う。

かわいい鳴海を苛めやがって。笑ってんじゃねえよ。

「早速で申し訳ないのですが、本日うちの鳴海が伺ったと思うのですが」
『来た来た。なんだか話がよくわからんから帰したよ』

くそジジイが。

と思いながらも声だけで微笑む。

「なんとかもう一度チャンスを与えてやってくれませんか。赤木社長のところを任せようと思わせるくらいにはやる気のあるやつなんです。若いので、まだまだ鍛えなければならないんですが」
『柏木くんは来ないの?』
「私なんかより、鳴海の方が真面目に社長のお相手ができますよ」

そこでわざと声を落とす。

「かわいがってる後輩なんですよ。あんまり苛めないで下さい」

隣の席の鳴海が肩をビクつかせた。

鳴海を苛めていいのは俺だけだ。
ハゲ親父はすっこんでろ。



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