小説2

□森田と岡崎4
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仕事が終わり、家に着いて仕事着の白いシャツを脱ぐ。冷蔵庫から取り出した2リットルのペットボトルに口をつけて、ミネラルウォーターを飲んだところで携帯が鳴る。

『だざいおさむ?だっけ?俺いま読んでんだけど!』

岡崎からのメールに、俺は一瞬目を見開いた。

岡崎と太宰。岡崎と太宰。岡崎と太宰。

何度考えても二つの単語は水と油のように混ざり合わない気がした。

考える前に手が動いて、返信メールを作る。

『なぜ。』

15秒ほどで返事が来た。

『森田さんが読んでたから』

文末に、キラキラした星のような絵文字がついていた。

へえ、と思っただけでそれ以上返事をせずに携帯をテーブルに置く。

俺が読んでいたから?それが太宰治を読む理由になるのだろうか。自分はそんなにおもしろそうに本を読んでいただろうか。
考えながら、意識は夕飯を買いに行くことの方へ流れて行く。今日はアパートの向かいの弁当屋のヒレカツ弁当にすることに決める。

するとまた携帯が鳴った。

『おすすめとかない?今読んでるやつ、むずかしくてよくわかんね。人間失格。森田さんすごいね!頭いんだね!』

きっと岡崎の考え方や価値観に、太宰が合っていないのだ。
少し考えてから、返事をする。

『本は好みがあるので、合ったものを読んだ方がいいです。』

岡崎だったら今流行っている作家の方が読みやすいのでは、と、わかりやすく明るい話を書く何人かの人気作家を思い浮かべた。

『俺に合うのって何かな。』

浮かんだ作家を3、4人羅列して返信する。

『図書館にある?』

『借りられていなければ。』

『今度、森田さんが図書館行くとき、ついてったらやだ?』

ふんっと鼻から息が出た。
正直、面倒だ。
それでもなぜか、本のことで頼られることに嫌な気はしなかった。

『次、いつ休みですか。』

『明日!』

絵文字がゴテゴテしている。
俺は仕事だ。

『明日は仕事なので。俺は明後日休みですが、岡崎さんは仕事の日の午前中は寝ていますか。』

岡崎はメールをどうやって打っているのだろう。返信が早すぎる。

『寝てない!起きてる!つか起きる!あさってね!ありがとうほんとありがとう!仕事戻る!優しいね!』

まただ。岡崎がまた俺のことを優しいと言った。
どこが。
と思うと同時に、少しくすぐったいような気持ちがした。

俺はもう一度鼻からため息を吐き、財布と鍵を掴んで弁当を買いに出た。






 *






「平井、お前さすがだね、さすが大型新人。テーブルセッティングが最高だね。ふんふん」
「岡崎さん怖えんだけど」

アガりきった気分のまま褒めたことなんかない平井に声をかけたら、隣にいた西尾が怯えた。平井は口を開けて黙っている。アホ面。

森田さん、少し歩み寄ってくれたっぽい。
がんばって本読んでみた甲斐ありすぎでしょー。

太宰治は、ちょっと目を通してみただけで吐き気がした。暗くて暗くて暗くて暗くて……。
大丈夫かよ太宰治。友達に相談とかした方がいいよ?

で、何か俺でも読めそうな本教えてくれたりしないかなってメールしてみたら、いつもよりずっと会話が続いた。
なにこれやべえ。
しかも、図書館に行く約束、森田さんから俺に都合を聞いてくれたりして。

森田さんがどうして太宰治を読んでいたのかわかんないけど、きっと、優しいからだ。

「問題はこっからだな」

どやったら、俺にオチる?

とか考えてる時点で調子乗りすぎだけど。
わかってるけど。






 *






図書館の前に、岡崎は本当にいた。
眠そうな顔でベンチに座り、スポーツドリンクを飲んでいる。たまに髪やピアスを弄るのが、近づくにつれ見えた。

本当に、いた。
仕事の日の午前中にわざわざ。


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