小説2

□知らない街で
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俺も行きたいって、言ってしまった。

思わずだ。当たり前だ。別に意味があるわけじゃないし、どうしてもってほどではないし。夏休みで、たまたま部活も休みだし。予定もないし。

浩介はそれを聞いて、眉を動かした。
珍しいこともあるもんだなと言って、意地悪そうに笑った。

だったらいい。別に行かなくてもいいんだし。ムカつくから行かねえ。
と言って車を降りようとしたら、腕を掴まれた。

ついてきて。

浩介はそう言って、俺の頭を撫でた。
仕方ないから、浩介の一泊二日の出張について行ってやることにした。







泊まるのは殺風景なビジネスホテル。出張と言っても今回は浩介1人で動く偵察のようなもので、それでも一応関係ない人間を車に乗っけているのは不自然だから、観光や飲食もあまり大っぴらにはできない。

そういうことを事前に俺に言った浩介は「旅行はちゃんと、次の機会に」と申し訳なさそうにしていたけれど、俺は楽しみで仕方なかった。
旅行みたいなものだ。それもお忍びの。

前日はあまりよく眠れなかった。



約束の時間より少し早く、浩介のアパートに着く。
駐車場には見慣れない車が停まっていた。

インターホンを押すと、小さめのボストンバッグを持った浩介が出てきた。
浩介はスーツを着ていた。しかも俺の好きなスーツだ。

「おはよう」
「……はよ」

ワクワクして家を早く出すぎたことや、ちょっとかっこいいとか思ったことがバレないように、全力で顔の筋肉を固める。

「あの車、なに」
「社用車。会社の車」
「あれで行くの?」
「おう」
「……変な車」

思ってもないことを口にする。車なんて本当はどうでもいいんだけど。
浩介は苦笑しながら車の鍵を開けた。

助手席に乗り込んで車内を見回す。
殺風景だ。何もない。カーステもラジオだけみたいだ。

「だせえ」
「社用車がフル装備の新車なわけねえだろ」
「浩介の会社、金ねえんじゃね」
「行きたくなくなった?」
「……別に」

機嫌を損ねただろうかと思い、そっと顔を窺うと、浩介はちょっと笑っていた。

「じゃ、行くか」
「ん」
「楽しみでうちに早く来すぎたあゆちゃんのためにも」
「なわけねーだろ!降ろせ!」
「嫌だね。早くシートベルトしろ」

俺はむすっとしたままベルトをノロノロと伸ばしたり縮めたりした。

「事故ったら死ぬぞ」
「死なねえっつーの」
「お前なあ、フロントガラス突き破って外に放り出されるんだぞ。死ぬって」
「死んだらそんときはそんときじゃん」

うそぶくと、浩介は眉を寄せた。

「あゆちゃんが死んだら俺も後追うからな。うぜえだろ」

浩介が俺の後を?まさか。つまらない冗談だと思う。でも浩介は笑わない。

「…う、うぜえ」
「だから死ぬな。ベルトをしろ」
「仕方ねえな。おっさんまじ面倒」

過保護、親みてえ、とか散々悪態をつきながらベルトをしたら、浩介の手が頭に触って、引き寄せられ、素早くキスをされた。

「ちょっ、なに!」
「歩はいい子だな」
「は?」
「トイレ行きたくなったら早めに言えよ、漏らしたら恥ずかしいぞ」
「ガキじゃねえって!」
「ガキだろ」

ふわふわ浮わついたような空気を乗せて、車は動き出す。





高速に乗り、車はすいすいと進む。天気がよくて気持ちがいい。流れていく景色を見ていたら、浩介がくす、と笑うのが聞こえた。

「歩、楽しいか」

低い声に聞かれて、楽しいもんかと言いそうになり、やっぱり少し折れてやることにする。

「……多少ね」
「ふぅん」

浩介は楽しそうに笑った。その、意地悪じゃない笑顔が珍しくてちらちら見ていたら、膝に置いていた手を握られた。

「なに」
「手、繋いで」
「嫌だ。暑い」

振りほどいてドア側に体を寄せると、浩介は黙った。

そんなことしてやらない。そんな恋人みたいなこと。

「冷てえな、あゆちゃん」
「キモい」

浩介は俺が何を言ってもこうやって流す。多分、俺のことを本当にガキだと思っているからだ。ガキのすることにいちいち構っていられねえとか、多分そんな感じだと思う。

そういうことを考えると、いつももどかしいような急ぎたいような気持ちになる。

早く大人になりたい。それまで浩介が待ってくれますようにと、俺はぎゅっと目をつむった。





歩、と呼ばれたような気がして目を開けると、浩介の顔が目の前にあった。



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