小説2
□24 彰人とかんざし
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暑い。
「広樹」
「ふぁ……」
広樹が床に横倒しになったまま動かない。ぺったりと平べったい広樹。ショートパンツから伸びる白い脚。Tシャツは肩まで捲られている。
死んだように動かない。
「おい」
「……あっきゅん…」
「あっきゅんて」
「もう…らめら……あちゅい……あちゅくて……」
駄目だ。広樹が全く駄目だ。
「起きろよ」
「…おきれないれす…」
「床、冷てえの?」
「いや……もう…ぬるい……」
駄目だ。
「じゃあ、祭に誘われたんだけど行って来ていいか」
「誰とだ!」
飛び起きる広樹。
「ゼミの女子」
「はい無理」
「でも」
「はいダメ」
「さっき」
「はい死ね女子死ね」
「……口悪い」
「だってぇ」
広樹が抱きつく。
「暑いんだけど」
「俺もだけど置いてかれるよりマシ!」
「一緒に行く?」
「殺していいなら。うふ」
「違う。2人で。祭」
途端にキラキラする広樹の目。
「行く行くぅ!あっくん!早く行こ!ね、早く早く」
「断りメールするから待って」
「いいじゃーんほっとけばいいじゃーん」
言いながらも楽しそうな広樹につられて思わず笑う。
「わたあめとぉ、ヨーヨー釣りとぉ、パインあめとぉ、スパイラルポテトとぉ、お好み焼きとぉ、焼き鳥とぉ」
「そんなに食ったらデブるぞ」
「デブったらあっくんにおんぶしてもらって帰るから」
「いや意味わかんね」
「あー!」
広樹が玄関に走りながら叫ぶ。
「ちょっと30分くらい待っててー!あっくん愛してる!」
「てる」を言う頃には広樹はもう外に出ていて、俺は急に1人で取り残される。
「何なんだ」
とりあえず、広樹が戻るまで統計学の本を読むことにした。
「あっきゅん、お待たせ」
「おせえよ。つかあっきゅんて」
玄関の方から呼ばれて出ていくと。
「お前、それ」
「どーお?かわいい?」
「浴衣。持ってんだ」
「うん!似合う?」
広樹は鮮やかな水色の浴衣にクリーム色の帯を締め、てへへと笑いながらくるりと回った。
「その髪は」
「ピンでここらへんをズバズバッと留めてるの」
「それ、かんざし?」
「そう!女の子用だけどちょっと良くない?かわいい?ね、かわいい?」
上目遣いで見上げる広樹を抱き締める。
「かわいいよ」
「ほんと?!」
「女子と行かなくてよかった」
「ウオッシャア!行こ行こ、あっくん」
俺の腕を取って笑う、いつもと違う広樹に、少し胸がざわついた。
「うふぅ、あっくん。たこ焼き食べよう」
「まだ食うの」
露店が軒を連ねている。陽が落ちても暑いけれど、外で夏を満喫しようとする人でごった返していた。
さっき数え上げていた食べ物をあらかた食べ散らかして、今度はたこ焼きを手にした広樹は満面の笑みを浮かべた。
「だって!おいしいんだもの」
「お前普段そんな大食いじゃないのにな」
「だって、あっくんとお祭なんて、来年まで来られないんだよ?また1年待たなきゃだもん」
たこ焼きをハフハフ言いながら頬張る広樹の頭で、かんざしが揺れる。
「来年も来ような」
頭をぽんと触ると、広樹が唸った。
「何」
「勃った」
「死ね。たこ焼き喉に詰まって死ね」