企画小説

□並木のおねんね
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目を開ける。

俺は自宅の居間のラグマットの上でうたたね中だった。

ぼうっとした頭に鳴り響く優しいインターホンの音に、俺は玄関の扉を開けた。

「ごめん…急に会いたくなって」

言いながら相内は頬を染めて視線を逸らした。

…なにこのかわいい子。

やったーやったー!
現実よりちょっと甘めの相内と会う夢だー!変な帽子バンザイ!

テンションの上がった俺は相内の体をむぎゅうと抱きしめた。

「痛い」
「ごめん。上がる?」
「いや。出かけたいんだけど」
「デートだ!」
「…うん」

相内は眼鏡の奥の目を伏せた。

「どこ行く?相内行きたいとこあんの?」
「動物園に」
「動物園?」
「うん」
「意外だな、お前興味無さそうだけど」
「レッサーパンダが好きなんだ」
「なにそれかわいい」
「俺もそう思う。小さくて、ふわふわで」

心持ちうっとりした顔で言う相内の頬にキスをした。

「じゃなくて、相内がかわいいっつってんの」

すると相内は恥ずかしそうに俯き、ばか、と言った。

「くっそおおおおお!本当にありがとうございました!」

俺は帽子を発明した人に心から礼を言った。







「レッサーかわいかったな」
「うん」

凄まじく天気がよかった。それでいて動物園にはひとっこひとりいない。
外でも2人きりになりたいと願ったら叶ったのだ。
もう、目覚めたくないんですけど。

「並木、トラ見なくていいの」
「トラかぁ。久しぶりに見ようかな、ってなんでトラ好きだって知ってんの?」
「秘密」
「ふぅん」

楽しそうに微笑む相内の横顔を、俺は見つめる。

「クロヒョウとかもいいよね」
「俺は肉食獣はあんまり」
「えーなんで。男の子なのに」
「ライオンはボロボロだし」
「そうそう!動物園のライオンは本当に腑抜けだよな」

どうしてだろう。前にもこんな話を相内としたことがあったような気がした。動物園に来るのも初めてではないような。

でも確かに初めてだ。

「不思議だな」

俺が呟くと、相内はふと笑った。

「お前が小さい頃に一緒に来たよ」
「は?」

俺が相内と出会ったのは高校に入ってからだ。それ以前に一緒に遊んだ訳がない。

「並木」

相内が立ち止まって俺の方へ向き直る。

「手、繋いで。あの日みたいに」

差し出された手を握り返すと、確かにずっと昔、相内とこうして手を繋いで動物を見て回ったことがあった気がした。
そんなはずはないのに。

「変なの」

手を繋いでと相内に言われたことに今さら照れて、俺はその手をぶんぶん振りながら歩きだした。





夢の中の相内は現実より感情豊かで、ちょっとしたことで頬を染めたり俯いたり恥ずかしがったりした。

俺はそんな相内を堪能して大満足だ。

「次は海の動物館行こうぜ」
「ラッコが見たい」
「相内はかわいいのが好きなんだな」
「…別にそんなことないけど」

海の動物館の中は薄暗くて、最初に見えたのはきれいな熱帯魚の水槽だった。

相内の手を引きながらゆっくり進んで行ったら、ガラス張りの飼育室にラッコがいた。

「うわぁ、ちょうど貝食ってるじゃん」

ラッコは貝を胸に打ち付けて割っていた。

相内が何も言わないので顔を見たら、真剣な顔でラッコを見ていた。

「かわいいね」
「うん」

だからお前のことだってば、と言いたい気持ちを抑えて、俺は相内の横顔を眺めた。

「なあ」

その横顔に聞く。

「ん」
「相内はさぁ、俺のこともかわいいと思ってる?」
「は?」
「かわいいのが好きだろ。で、俺のことが好きだろ。そしたらさ、俺のこともかわいいと思ってるのかと思って」

相内は何も言わずに歩き出す。
手を繋いでいるので、引っ張られる形になった。

「なあって」
「うるさいな」
「なんで。せっかく夢なんだから普段は言ってくれないようなこと聞いたっていいじゃん」

相内に並ぼうとして速足になった俺は、急に立ち止まった相内の背中にぶつかった。

「いてぇ、何」

相内は振り返った。その表情からは感情が読み取れない。いつもの相内の顔。

「かわいいよ。並木が本当にかわいい。大好きだ」

ぎゅっと抱きしめられて、俺は金縛りにあったように動けなくなる。

「頼まれたってもう友達になんか戻ってやらない」

耳元で囁かれて、頬にそっとキスをされた。

体を離した相内は勝ち誇ったような顔をして、俺の手を引いて出口の方へと歩き出した。

俺はあまりのことにしばらく口が利けなかった。







外はもう夕方だった。雲が夕陽を浴びてピンク色に染まっている。

「帰ろう」
「相内!」

俺は今度こそ相内に追いついて、両手を掴んで向かい合う。



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