企画小説

□歩のおねんね
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浩介とデートする夢が見たい。

どこかに連れて行ってほしいなんて実際には口が裂けても言えないから、好きな夢が見られるというその帽子を借りた時、それ以外に何も思いつかなかった。









「お待たせ」

目の前に現れたのは浩介の車で、助手席側の窓が開いて奥の浩介が見えた。
俺は無言でドアを開けてその隣に乗り込む。

「待ったか?」
「超待った」
「そんなに楽しみにしてたの?」
「全然待ってないし!今来たとこだし」

どっちだよ、と言って笑う浩介の顔は見られない。
夢だからって、がんばらなくても素直になれたりはしないのか。
俺は少しがっかりしながら、窓を少し開けた。

「煙い?」
「…大丈夫」

浩介は俺がタバコの煙を気にしたと勘違いしたみたいで、ハンドルを片手で操作しながら器用に灰皿で煙草を消した。

好きなのに。タバコ吸ってる浩介。

「…どこ行くの」
「どこか行きたいところあるか」
「ない」
「本当に?」

どうしよう。ある。本当はあるのに。どうしても言えない。
せっかく夢なのに。

「どうするかな」

そっと盗み見ると、浩介は前を向いて考えているみたいだ。

なあ。俺のこと、子どもだと思ってる?
物足りないって思うこと、ある?

聞きたくても怖くて聞けないことを、心の中でその横顔に問いかける。

浩介が一瞬横目で俺を見て、それからふっと笑った。
目じりにシワができる。

「どこ」
「え」
「どこに行きたいんだ」
「……知らね」
「教えて。お前の行きたいところ」

すっと手が伸びてきて、俺の頭を撫でていく。

「言って」

低い声は夢の中でも変わらない。

そうだ。夢の中でどんなに恥ずかしいことを言ったって、起きてしまえばもうそれを浩介にからかわれることもないんだ。

「………浩介はいつもどこに行くの」
「いつもって?」
「俺じゃない人とデートするとき、どこに行くの」
「歩じゃない人とデートなんかしないけど」
「…違う……俺と、付き合う前」

返事がなくて、途端に不安になる。
やっぱり聞かなければよかった。
その人と比べて、俺はきっと面白くもなんともないんだ。

「じゃあ、映画でも行こうか」

何か別のことを言ってくれるかと思って期待していたみたい。
気が抜けて、背もたれに体を預ける。

車は街中へ向かった。









「映画って…何観んの」
「あゆちゃんはアニメがいいんじゃねえの」
「ふざけんな!」
「じゃああのサイコホラーにするか?」
「………怖いの……やだし……」

チケットカウンターの前で押し問答をしてから、結局、地味な感じの邦画を見ることになった。

映画が始まって、つまらなそうと思っていたその映画が結構面白くて、俺は浩介が隣にいることをすっかり忘れていた。
ふと気づくと、浩介は体をこちらに少し傾けていて、次の瞬間手を握られた。

俺は体が固まったようになってしまって、浩介に顔を見られないこの状況に心から感謝した。

嫌じゃないけど。
誰も、見てないし。

せっかく面白いと思っていた映画の内容も、全くわからなくなった。

じっとしていたら、浩介の顔がもっと近づいてきた。

「歩」

低い声が耳元で聞こえて、俺は短く息を吸う。
だめなのに。その声はだめなのに。夢の中でもそれは変わらないんだ。

「お前ともっと一緒にいたい」

頭の中ではいいよと即答しているのに、俺はまだ全然動けない。

「お前がいいなら、もっとお前とデートしたい。好きだ。歩のことだけ」

そう言うと、あろうことか浩介は耳をかじった。

「っあ、ん…」

声が出てしまって顔を覆おうとした俺の手をまた握り直して、浩介は立ち上がった。
それに引っ張られるようにして、外に出る。

映画はまだ続いていた。
ろくでもない生き方をしてきた主人公のフリーターが、自分を預かって育ててくれた叔母を看取りにスクーターで病院に急ぐシーンだった。
どうしてそういう流れになったのかは全然わからなかったけど。

浩介は振り向きもせず、ただ俺の手を引いて急ぎ足で駐車場の方へ向かっている。

このままずっと、手を握っていてほしい。
どっか、他の誰も来られない場所に連れて行って。
俺だけを連れて行って。








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