小説3

□あまい、あまい、あまい
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「のりちゃんさぁ、果物好き?」

くだもの。くだもの。
先輩に言われて固まっていたら、先輩はすぐに、正直に、と付け加えた。

危ない。また悪い癖が出るところだった。

「あんまり、まあ、その」
「得意では…」
「…ないですね」

そうか、と言って先輩が笑う。
ああ、かわいい。

「かわいいです、先輩」
「そっ、そういうとこばっか素直になっちゃって」

先輩は少し照れたみたいで、ぶっきらぼうに言った。

「あ、でも」

そういえばくだもので1つだけ。

「いちごだけは好きで」
「いちご!」

先輩の目が輝く。

「のりちゃん、今度休み合わせよう」
「あ、はい」
「そんで、いちご狩りデートをしよう」
「デート……」

先輩とデートだ。喜ばしい。
どこに行ったって何をしたって、先輩と一緒なら。

「楽しみですね」
「うん」

先輩が、笑う。










ビニールハウスに入ると、途端に甘い匂いが強まった。

「うわぁ、すごいね」
「鈴なりですね」
「食べ放題だね」

先輩と俺は、あまりに平和なその光景に、当たり前のことを口にした。

先輩がしゃがんで、恐る恐るいちごを手にする。

「もいでいいんだよね」
「いっちゃいましょう、ブチンと」
「うん。ブチンとね」

先輩は小さな声でいただきますと言いながらいちごをもいだ。俺も続く。

真っ赤に熟れたいちごをもいでから先輩の顔を見る。
待ってくれていたらしく、目が合うとニコリと笑っていちごを口に入れた。

どうしよう。先輩がかわいい。

「うわ、甘い」

先輩は甘いを「あんまい」と発音した。

「ですね」
「おいしいね」
「はい」
「デートだね」

う、と言って固まった俺を、先輩は楽しそうに見ている。

「純情なのりちゃん」
「…純情って、いうのは、なんか、ちょっと違うような」
「だって今日はデートだよ、恋人と」
「デート、こ、恋、人と」

はははと笑う先輩に、顔が熱くなる。

「昼メシ抜いてきた甲斐があったなぁ。こんなに食べ頃のいちごがいっぱい。あ、でものりちゃんは無理すんなよ。無理したらまた説教だから」
「…先輩、優しいですね」
「ねえ広範」

先輩の目がキラキラしている。

「一番おいしそうないちごを見つけた方が勝ち」
「あ、はい」
「よーいドン!」

子どもみたいに楽しそうな先輩を見ていたら、幸せで堪らなくなった。

しゃがみこんでいちご達に手を伸ばす。
これは違う。これも違う。

じっと見つめながら品定めしていく。
ふと顔を上げると、向かい側の列で先輩がひどく真剣な顔をしていちごを探していた。

視界まで甘い。





「あった?」
「あ、はい、一応。先輩は?」
「ふふふ、ありましたよ」

先輩は両手を、おにぎりを握るみたいな形に重ねて笑った。
俺も真似をしていちごを隠す。

「せーので見せるよ」
「はい」
「せーの」
「うわ」
「おおっ」

先輩の手にあるのは、俺のより小ぶりだけれど真っ赤に熟れていて綺麗な形のいちごだった。

「これは、先輩の勝ちですね」
「そうかな、のりちゃんのもヤバい。大きくておいしそう」

俺は自分のいちごのヘタを取り、にこにこしている先輩の口元に差し出した。

「先輩、口、開けて」


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