小説3

□姫、王子の城を訪ねる。
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暑い。

姫野はしかめ面で手を引かれていた。
5月とは思えない日差しの強さが、汗をかきづらい体質の姫野から体力を奪いつつあった。

「遠い」
「ごめんね。もうすぐだよ」

本城が振り返り、笑った。



2人は本城の家の敷地内を歩いていた。

広いと言っても門を入ってから玄関までは少し距離がある程度だ。それでも炎天下を自宅から歩いてきた姫野にとってはその距離でさえひどく遠い。

本城はそんな事情も全てわかっているように謝る。

「何しようね、うちで。アイスとかケーキとか、適当に頼んでおいたから、まずはおやつにしようか」
「おやつ」

姫野の機嫌が少し上向き、本城はそれを感じたのか嬉しそうな顔をした。

「本城の家、大きすぎ」
「そうかな。住んでるとよくわからない」

王子様みたい。

金髪を見上げ、姫野は思った。





広いリビングに入り、姫野は息を飲んだ。

本城とどこか似ている女性が3人と、小柄な女性が1人、姫野を見てパッと表情を明るくした。

「あら」
「姫野くんね?」
「まあ」
「いらっしゃい」

口々に言われ、姫野はやっと「姫野です。お邪魔します」と言った。

「姫野。こっちの3人が姉、あと彼女が家のことをいろいろしてくれる坂田さんだよ」

本城が言うと、女性たちが代わる代わる笑顔で名乗った。

聞いてない。お姉ちゃんが3人もいるなんて。しかもお手伝いさんまで。
姫野は若干の気後れを感じた。

「部屋に行こっか」

家族の前でも臆することなく自分の手を握った本城に姫野が驚いていると、女性たちが口を開いた。

「ゆきちゃん。私たちもう少し姫野くんとお話がしたいわ」
「そうよ、独り占めなんてずるいわ」
「ねえ未琴くん。ゆきちゃんの小さな頃のアルバムがあるのよ」

本城のアルバム。見たい。

姫野は強く興味を惹かれ、桜のそばに座った。
桜からはふんわりと上品な香りが漂った。

「用意してたんですか」

本城が困り顔で隣に座り、姫野は差し出された厚いアルバムを手に取った。






 *






いつまで笑っているつもりだろう。

本城は少し呆れつつも、やわらかい気持ちで隣の姫野を見つめていた。

発端は、アルバムに飾られていた、本城が3歳頃の写真だった。

夏真っ盛りで暑かったのだろう。庭にビニールプールを出してもらい、幼少の本城はご機嫌な様子で水浴びをしている。満面の笑みをたたえた金髪の幼児は、なぜか姉のお古のピンクのビキニを着せられていた。

それを見た姫野は本城の隣で盛大に吹き出した。それから他の写真を見る間もずっと、クスクスと笑っていた。

「ほらほら、これは幼稚園の制服ね」
「この子と仲良しだったけど、よくケンカもしたのよね」
「雪ちゃんがこの子を引っかいて、母が謝りに行ったりもしたのよ」

姉たちはアルバムをめくりながら、嬉々として姫野に本城の小さな失敗を暴露していく。

「この電車のおもちゃが大好きだったわよね」
「そう!ベッドに入れて一緒に寝ていたわ」
「壊れてしまった時は泣いたり癇癪を起こしたり大変で、父が修理に持って行ったの」

姫野は姉たちの話に耳を傾けながら、時折小さく笑い声を上げた。

「これは」

夏実が指差した写真には、家族6人全員が写っていた。自宅を背景に撮ったもので、皆が少し改まったような顔で整列していた。
本城はその写真を撮った時のことをよく覚えていた。

「母がフランスに発つ日に撮った写真なの」

懐かしさが滲む夏実の声を聞いた姫野が、つと顔をこちらに向けて言った。

「本城、まだ小さい」

眉尻を下げた姫野の表情だけで、言いたいことが伝わった。
本当に優しい。

「もう結構いろんなことをわかってた頃だけどね」
「でもまだ小さい」

そう言って姫野はまた写真に視線を落とした。

10歳。小学校中学年。
手放しで泣くには、少し大きくなりすぎていた。

「未琴くんは優しいのね」

桜が微笑む。

「本当に」
「雪ちゃん、素敵な人に出会ったわね」

桃香と夏実も口々に言う。

本城は「意味がわかんない」と言いたげに唇を尖らせて俯く姫野の肩に軽く触れた。

「雪哉くん。おやつを運びましょうか」

キッチンから出てきた坂田に言われ、そろそろ2人になりたいと思っていた本城は立ち上がった。

「写真の続きはまた今度にしたら」

姫野の手からアルバムを優しく取り上げ、テーブルに置く。

「未琴くん。雪ちゃんと一緒にいてくれてありがとう」
「私たちは、2人の味方ですからね」
「ゆっくりして行ってね」

姉たちの言葉に若干居たたまれないような気持ちがして姫野を見ると、その顔に愛らしい照れ笑いを浮かべ3人に向かって頷いたので、もう少しでキスしてしまうところだった。

「坂田さん、おやつって何?」
「とりあえずケーキを盛り付けたけど、アイスと、プリンもあるよ。モリヤの」
「モリヤのプリン」

姫野が思わずといった感じで呟いてから顔を赤くしたので、みんなで笑った。

プリンも運びますねと言って戻りかけた坂田の背中に「和室にお願い」と声をかけ、本城は姫野の手を取ってリビングを出た。







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