小説3
□進捗
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「うわぁ、赤ちゃんだぁ」
「お母さん、赤ちゃんかわいいねぇ」
弟たちが歓声を上げるのを、俺は少し冷めた目で見ていた。
赤ちゃんなんか、俺はお前たちで見慣れたし、珍しくもなんともないんだから。
それでも母に促され、よくうちに遊びに来るおばさんの腕の中を渋々覗き込んだ俺を見上げて、赤ん坊は笑った。
手を突き出し、抱っこをねだるようにして、俺を見て笑ったんだ。
それが俺の、崇直との出会いだった。
すなおの境界線
進捗
「さとくん、ご飯できたよ」
「うん……」
「冷めちゃうから、早く、さとくん」
「おう」
呼ばれてパソコンから顔を上げると、自宅のテーブルが温かそうな湯気で満ち満ちていた。
その傍らで、すうが食器を並べている。
「何、今日は」
「湯豆腐。出汁の取り方習ったんだけど、和食って難しい」
鍋つかみを両手で弄りながら、すうは困ったような顔をした。
「旨そう。いただきます」
「いただきます」
ハフハフと豆腐を冷ましながら、2人してしばらく無言で食べ進める。
「旨い」
「本当?」
「湯豆腐旨いって初めて思った」
「……薬味、足す?」
崇直は強ばった表情で俺の椀に刻みネギとおろし生姜を足した。
「ゴマと大根おろしもあるよ。ご飯もまだたくさん」
茶碗には炊き込みご飯がよそってある。
「すう、照れてんの?」
俺は緩む顔を抑えられない。
「違う……嬉しかったから」
すうは目を泳がせながら言って、それから俺を見た。
「いっつもおいしいって言ってくれる……ありがと。さとくん」
すうは反抗期を脱してから、その名の示す通り、素直な大人になろうとしている。
ひねくれた俺とは違う、素直にちゃんと、自分の気持ちを相手に伝えられるような大人に。
でも、あの反抗期があったからこそ、俺は誰にも邪魔されない、誰よりもすうに近い、恋人というポジションを手に入れた。
高校に復学して、調理の専門学校に入学して、すうは隣でどんどん大人になっていく。
俺はそんなすうが。
「ねえ、さとくん」
すうが。
「さとくん?大丈夫?」
訝しげな視線をなんでもないような顔で受ける。
「お前、明日1日空いてんのか」
「空いてる」
「どこ行こうな」
明日は、すうの20回目の誕生日だ。
「別に、出掛けなくてもいいよ」
「家でダラダラしてんのももったいねえだろ」
「いいよ、俺は別に。それでも」
真剣な瞳に少し戸惑った。すうが何を考えているのか、邪推してしまう。
「あ。俺、さとくんと飲みに行ってみたい」
ぱっと表情を明るくしたすうに安心して、頭を撫でてやる。
「すうと酒を飲む日が来るとはな」
「明日になったら、もう酒飲んだってさとくんに文句言われる筋合いないから」
かわいいことを言ったかと思えばこんなふうに、たまに生意気を言う。そんなところも愛しい。