小説3

□森田と岡崎8
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森田さんの家に行ったあの日以降も、俺は相変わらずの毎日を送っている。

起きてまず携帯をチェックする。森田さんからメールとか来てないか。来てないんだけど。
ベッドでゴロゴロしながら森田さんのことを考えて、しょうがないなって思って支度をして家を出る。

歩きながらまた森田さんのことを考えて、たまに少しだけ仕事のことを考える。

店に着いたら、90%は仕事に追われながら、ふとした瞬間にまた、森田さんのことを思い出す。

それで、深夜仕事が終わって帰るとき、寂しくなって幸二さんに電話する。幸二さんと会うの、寂しくてやめらんなくて、だって、森田さんにはなかなか会えないし。
幸二さんに会って、メシ食って、たまに酒飲んで、ヤって、帰って寝る。

もう朝じゃん、やべー寝なきゃって倒れるようにしてベッドに転がって、そこでまた森田さん登場。

今日なにしてた?また、難しいこと考えてた?悩んでた?仕事?休み?本、何読んでる?

俺は今日も、森田さんのこと考えてるよ。ずっとずっと。



そんな、淡々とした普通の日々は、唐突に終わった。













仕事の帰りに古本屋に寄って、たまたま好きな作家の本を見つけた。
思ったより長居してしまって、店を出て車まで歩いているところで、携帯が鳴る。
仕事後に連絡をしてくる相手は1人しかいない。

『森田さん。なにしてますかー』

受信メールを表示させると、最後のハテナがプラプラと踊っていた。

『帰るところです。』

返事を返すと、すぐに電話がかかってきた。

『元気?』
「元気です、けど」
『実は今、森田さんの後ろにいるー』

驚いて振り向くと、本当に岡崎がいた。

「森田さん」

俺を呼んだ岡崎の隣には、40代くらいの男がいた。

「お疲れさまです」

とりあえず、俺は岡崎に応える。

「お疲れ。びっくりした、いきなりいるんだもん」
「よく、偶然、会いますね」
「運命の相手だからー?」

岡崎はニヤニヤして、俺は困惑する。

「……岡崎さんは、今日、休み?」
「休み。8連勤だったよーまじ死ぬわ」
「大変でしたね」

話していたら、隣の男が言った。

「正浩、俺にも紹介して」

一瞬、彼が何を言ったのかわからなかった。
それが岡崎の名前で、俺を自分に紹介しろという意味だとわかって岡崎を見ると、岡崎もぽかんとした顔をしていた。

「あー、そーねー……森田さん、これ、幸二さん。で、こっちが森田さん」
「どうも」
「こんばんは。な、正浩、ファミレス入らない?森田さんも。よかったら」

幸二というらしい男は、人好きのする笑顔を浮かべて言った。
岡崎は少し窮屈そうな顔をした。

「俺、邪魔なら、帰りますよ」

その男とは別に話すこともないし、帰りたくなって言うと、岡崎は焦ったように首を横に振った。

「森田さんも来て」

岡崎には恩がある。もう、俺はこの人を無下にできないし、この人が言うのなら、と、少し我慢してみることにした。

男に続いて歩き出した岡崎の背中を見る。友達にしては年が離れているように見える。店の人間だろうか。

窓際のテーブルを選び、男は奥に岡崎を座らせた。俺は2人の向かいに腰を下ろす。

岡崎への男の仕草は全体的になんとなく、甘やかしている女性に接する時のもののように感じられた。
男は、左手の薬指に、指輪をしていた。

「腹減ってます?」

聞かれたけれど、知らない人間への緊張でそれどころではなかったので、ウーロン茶だけ注文する。向かいの2人はコーヒーにしたようだ。

「最近こいつね、森田さんの話しかしないんですよ。職場で知り合った人ですげーいい人で、って」

いたたまれないと思った俺以上に、岡崎はいたたまれなそうな顔をしていた。

「幸二さんうっせ、黙れ」
「別にいいだろ、本当だし」
「うっさいわ、まじ。困るじゃん、そんなこと言われた方は」

岡崎は、俺の気持ちを思ってくれたらしい。チラチラと俺の方を見る。

「大丈夫」

俺が言うと、岡崎は「そう?」と言って笑顔を作った。
男が、その横顔を見ている。













幸二さんと軽く飲んで、ホテルに向かおうとしていたら、森田さんに会った。
嬉しくて幸二さんを忘れて森田さんと話をしちゃって、そしたら、幸二さんが森田さんを誘った。ファミレスとか、2人でだって行ったことねえし。なんなの、と思った。

幸二さんは、全然乗り気じゃない森田さんに、雑談みたいな話を振った。そこはさすが社長。如才ないって、こういうののことかな。


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