小説3
□森田と岡崎9
1ページ/4ページ
「前田さん、ブチったらしいです」
「……は?」
店に着くなり西尾が申し訳なさそうに寄ってきた。ふつふつと怒りが湧いてくる。
「まじで言ってんの?」
「昨日来なくて連絡つかなくて、今日も電話圏外らしいっす」
「……あのボケ」
俺は着替えながらシフト表を頭の中で広げる。
前田は、入って1ヶ月くらいのホールスタッフだ。26歳でフリーターだからシフトも結構入れてて、がんばりますとか言ってたような気がするけど、多分気のせい。
今日はいい。なんとかなる。明日は?明日は俺が休み。でも。
「求人出したかな、店長」
「今日出すって。明日なんすけど、」
「俺出るって言っといて」
「でも」
西尾を振り切るようにしてキッチンへ。仕込みの手伝い。
イライラする。西尾も店長も悪くないのに。あたりそうで怖い。
少し遅れてついて来た西尾は、空気を読んだのか、少し離れた場所にあるドリンクサーバーを静かに磨いている。
前田は調子いいこと言ってた。早く覚えます、みんなと仲良くやりたいです、たくさん出られます。
お前じゃなくてもいいけど、人手は足りねえんだよ、そんくらいわかんねーの。
あー。くそ。明日久々の休みだったのに。森田さん助けて。
「いっ、てえ」
「大丈夫すか!」
余計なことを考えていたら、焼き鳥の串が指に刺さった。
「大丈夫」
「岡崎、仕込み西尾と代われ」
「とりあえず止血してきな」
「すんません」
「岡崎さん、早く、早く手洗わないと」
「大丈夫だって」
キッチンスタッフは何があってもあまり動じない。30代とかが多いからか。一番慌てたのは西尾で、横から覗き込む青ざめた顔を見たら怒りも治まった。
「バカづら」
「ひどくねえすか!」
かわいい後輩だこと。
血は止まったけど、衛生上もう仕込みは手伝えないからホールへ。ちょうど店長がレジに金を入れるとこだった。
「釣り銭やりまーす」
「正浩、仕込みは?」
「手やっちゃった」
言われる前に言おう。
「明日俺出ますね」
「……大丈夫か」
「うす」
「悪い」
「次はいいの入るといいすね」
本当に神様お願いします。いきなり辞めないやつを下さい。
森田さんみたいにちゃんとした人を。
前田、森田さんより年上のくせにな。怒り再発。
「いい年しててもクズはクズすね」
「お前みたいな生き方してると、きっといつかご褒美がもらえる」
「えーまじで」
頷く店長の横で、俺は森田さんを想う。
森田さん。俺がんばってるからね。
次はいつ会える?
「毎度です」
「森田さん!」
今日会えた!ごほうび到来!
ダンボールを抱えた森田さんは、俺と目が合うと微かに頷いた。
「森田さん聞いてよー」
「何を」
ああ。森田さんの話し方。なんて森田さんらしいんだ。好き。好き。
「やっぱ今度」
森田さんは、一瞬止まって、ダンボールを床にそっと置いて、また俺を一瞬見て、止まって、目を逸らした。
「はい」
「今度、遊ぶ時にね」
「はい」
「伝票ね」
手を出すと、森田さんはすっと伝票を出さなかった。
「……元気、ですか」
「元気ー」
なんでわかるんだ、元気じゃないって。
「手、どうしたの」
「指の串焼き作るとこだった」
「あー……痛そう」
「だいじょぶだよ、たまにあるし」
「……大丈夫?」
森田さんに聞かれると、それだけで元気になる。前田のことなんか許してやる、いくらでも。前田よ、森田さんのおかげで命拾いしたな。
「大丈夫。森田さんの声聞いたら、元気出たから」
森田さんは無表情で首を傾げた。
もしかしたら、手に入れられなくてもいいのかもしれない。こうやって、友達やってれば。いつもこうやって、森田さんを間近に感じられるなら。
俺の幸せは、そういうことなのかもしれない。
なんて思ってみたけど。明日にはきっと、また森田さんが欲しくなって。
いつまでそのループが続くんだろうと、少し怖くなった。