小説3

□森田と岡崎9
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「前田さん、ブチったらしいです」
「……は?」

店に着くなり西尾が申し訳なさそうに寄ってきた。ふつふつと怒りが湧いてくる。

「まじで言ってんの?」
「昨日来なくて連絡つかなくて、今日も電話圏外らしいっす」
「……あのボケ」

俺は着替えながらシフト表を頭の中で広げる。

前田は、入って1ヶ月くらいのホールスタッフだ。26歳でフリーターだからシフトも結構入れてて、がんばりますとか言ってたような気がするけど、多分気のせい。

今日はいい。なんとかなる。明日は?明日は俺が休み。でも。

「求人出したかな、店長」
「今日出すって。明日なんすけど、」
「俺出るって言っといて」
「でも」

西尾を振り切るようにしてキッチンへ。仕込みの手伝い。

イライラする。西尾も店長も悪くないのに。あたりそうで怖い。
少し遅れてついて来た西尾は、空気を読んだのか、少し離れた場所にあるドリンクサーバーを静かに磨いている。

前田は調子いいこと言ってた。早く覚えます、みんなと仲良くやりたいです、たくさん出られます。

お前じゃなくてもいいけど、人手は足りねえんだよ、そんくらいわかんねーの。
あー。くそ。明日久々の休みだったのに。森田さん助けて。

「いっ、てえ」
「大丈夫すか!」

余計なことを考えていたら、焼き鳥の串が指に刺さった。

「大丈夫」
「岡崎、仕込み西尾と代われ」
「とりあえず止血してきな」
「すんません」
「岡崎さん、早く、早く手洗わないと」
「大丈夫だって」

キッチンスタッフは何があってもあまり動じない。30代とかが多いからか。一番慌てたのは西尾で、横から覗き込む青ざめた顔を見たら怒りも治まった。

「バカづら」
「ひどくねえすか!」

かわいい後輩だこと。

血は止まったけど、衛生上もう仕込みは手伝えないからホールへ。ちょうど店長がレジに金を入れるとこだった。

「釣り銭やりまーす」
「正浩、仕込みは?」
「手やっちゃった」

言われる前に言おう。

「明日俺出ますね」
「……大丈夫か」
「うす」
「悪い」
「次はいいの入るといいすね」

本当に神様お願いします。いきなり辞めないやつを下さい。

森田さんみたいにちゃんとした人を。

前田、森田さんより年上のくせにな。怒り再発。

「いい年しててもクズはクズすね」
「お前みたいな生き方してると、きっといつかご褒美がもらえる」
「えーまじで」

頷く店長の横で、俺は森田さんを想う。
森田さん。俺がんばってるからね。
次はいつ会える?

「毎度です」
「森田さん!」

今日会えた!ごほうび到来!
ダンボールを抱えた森田さんは、俺と目が合うと微かに頷いた。

「森田さん聞いてよー」
「何を」

ああ。森田さんの話し方。なんて森田さんらしいんだ。好き。好き。

「やっぱ今度」

森田さんは、一瞬止まって、ダンボールを床にそっと置いて、また俺を一瞬見て、止まって、目を逸らした。

「はい」
「今度、遊ぶ時にね」
「はい」
「伝票ね」

手を出すと、森田さんはすっと伝票を出さなかった。

「……元気、ですか」
「元気ー」

なんでわかるんだ、元気じゃないって。

「手、どうしたの」
「指の串焼き作るとこだった」
「あー……痛そう」
「だいじょぶだよ、たまにあるし」
「……大丈夫?」

森田さんに聞かれると、それだけで元気になる。前田のことなんか許してやる、いくらでも。前田よ、森田さんのおかげで命拾いしたな。

「大丈夫。森田さんの声聞いたら、元気出たから」

森田さんは無表情で首を傾げた。

もしかしたら、手に入れられなくてもいいのかもしれない。こうやって、友達やってれば。いつもこうやって、森田さんを間近に感じられるなら。
俺の幸せは、そういうことなのかもしれない。

なんて思ってみたけど。明日にはきっと、また森田さんが欲しくなって。
いつまでそのループが続くんだろうと、少し怖くなった。








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