小説3
□森田と岡崎10
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『本、読み始めたよ!字いっぱい!ちょっとずつだけど。おもしろいー!』
『よかったですね。』
『森田さん24日の休みなんか予定あり?俺も休みなんだけど、夜、競馬場行かね?練習やってるか調べた!』
『ありがとうございます。
行きたいです。』
『楽しみにしてるね!』
シフト表をもらうなんて、付き合ってるみたいだな。と思いながら、また表を眺める。
今日は森田さん、おやすみだった。俺は5連勤の3日目が終わったとこ。
会えなくても、あの日、一緒に寝たことを思い出して、それからシフト表を見て、本を少しずつ読んで。そうやっていると、森田さんがすぐそばにいてくれるような気がして、すごく幸せ。
「とかー!きんもー!なに俺!なに!頭を冷やせよ頭を!森田さん!大好き!」
最近、隣の部屋の住人がたまに壁叩いてくんだけど。1人でうるせーから?
はあ。幸せ。抱きしめるクッションでも買うか。
「きもー!俺きもー!」
楽しい夜だ。
「馬ってすげーな」
思わず呟いた。
俺たちは観客席の最前列の柵に掴まって、土の敷かれた中を見ている。馬場、っていうんだと森田さんが教えてくれた。他にもパラパラと、カップルや家族連れがいた。
ナイター設備があって、煌々と明かりがついている。
隣の森田さんを盗み見ると、遠くで走る馬たちをじっと見ていた。
俺はもっと森田さんを見ていたい。
「遠くても、走る音が聞こえるね」
「よく、あんな、細い脚で」
「ねー」
ほとんどが茶色い馬だ。一頭だけ、白髪みたいな馬がいた。
「あいつはおじいちゃんかなぁ」
指差した俺の視線を追った森田さんは、口元を手で隠してふふと笑った。
「違うの?」
「あれは、芦毛っていう、そういう色の、馬です」
「えー……」
「有名な馬で、いたの、知らないですか、オグリキャップとか」
「ふーん……」
聞いたことはあるけど、その馬の外見を知らなくて、ピンと来なかった。
森田さんは、その馬を見つめたまま、優しい顔をした。
俺はまたそれを盗み見ている。
「生まれた時は、茶色だったりすることも、あるらしくて。後でわかったりも、するみたいだけど」
「うわー俺みんなとちげーし、仲間外れじゃん、って大きくなって気づくのかなぁ」
俺もそうだった、小学生の頃から、いいなって思うのは男友達だった、とか思い出して言うと、森田さんはちらっと俺を見た。
「他の個体と、自分を、比べるのは、人間だけなんじゃないですか」
「そっかー、鏡も見ないだろうしね」
あんなに早く走れたら気持ちいいだろうな。
「岡崎さん、コンプレックスとか、あるんですか」
森田さんは、馬を見ながら聞く。
「あるよ」
「…へえ……」
「あるよー、ほんとだよ」
「すみません」
「ないように見える?」
森田さんはまた俺をちらっと見た。
「他の人が、羨むものを、岡崎さんは、たくさん持って生まれている、と、思います」
「例えば?」
「……いや……」
「ねえ、例えばー?怒らないから教えてよ」
好奇心が勝って顔をのぞき込むと、森田さんは馬を見たまま言った。
「……明るさ、とか」
「明るさ?」
「あと、綺麗な顔だと、思います」
「えー?俺?」
普通に照れる。綺麗?うれしー。どうしよ。ポーカーフェイスを保つために口をとがらす。