小説3
□相内様の報復
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相内が、怖い顔をしている。すっごい睨んでる。
「お前」
声が低くて、怖い。震える。
「許さない」
まだちゃんと謝ってもいないのに許されないという悲劇。
「相内?あのね?さっきのは、」
「黙れ」
怖い…!
「あの、これ、取ってもらえないですか」
「断る」
ひいいいいい!
恐怖に慄きながら、なぜこんなことになっているのか説明します。
今日俺は、県内の会社から内定をもらった。県内に約30店舗を展開する飲食チェーンだ。接客も好きだけど、就活を進める中で、企画にも興味が出てきた。
相内や野村の言うとおり、とりあえずなんだかわかんなくてもやってみるっていいことだった。
人事からの電話を切った後、すぐ相内にメールをした。
先に研究職の内定をもらっていた相内は、バイトが終わった後に電話をくれて、うちで祝杯をあげることになった。
ビールを冷やして、買ってきたつまみを用意したりして待っていたら、相内がワインを買って来てくれた。
「相内、おめでとう!俺!」
「日本語」
少し笑いながら部屋に上がってきた相内を、ぎゅうぎゅう抱きしめてしまった。
安心して、よかったと言おうとした俺に、相内が先に呟く。
「良かった」
「本当?そう思う?」
「当たり前」
眼鏡の奥の瞳に引っ張られるようにしてキスをする。
「あとでイチャイチャラブラブちゅっちゅしようね」
相内の微妙な表情を置き去りにして、キッチンに入る。
「なんか作ったの?」
相内が後を追ってくる。かわいい。ひよこみたいだ。
「おでん煮た」
「……おでんの作り方なんて知ってるのか」
「まあね。1人暮らしも長いですし、俺、できる子なんで」
本当はネットで調べたんだけど、それは言わない。こんにゃくを切るのが大変だったし、大根をどんだけ煮たらいいのかいまいちわからなくて、途中でくじけそうになったけど、デキる男を演出するためにがんばった。
「食べてみる?」
鍋の蓋を開けて中を見せると、中を覗いた相内の眼鏡が湯気で曇った。
「皿に盛って。普通にうまそう」
「もう、相内ったら仕方ないな、かわいいかわいい、よしよし」
「玉子ある?」
「あるよ。あと希望は?」
「大根」
「好き嫌いしないでタコも食べなさいね」
「タコ…」
「おいしいよ」
はいはい、と言いながら適当にグラスをふたつ持って戻ろうとした相内を、我慢できなくなって呼ぶ。
「相内」
振り返る、俺の嫁。
「一緒に、暮らしませんか」
相内は、表情をぴくりとも動かさないで俺をじっと見た。
「毎日、俺、飯作るし。相内の仕事の邪魔しないようにするから」
できる範囲でだけど、っていう言葉は飲み込む。
「だから」
「いいよ」
「ほんと?」
「覚悟した。もう」
相内は言う。
「ねえ、嫌なの?気が進まない?」
「そういうわけじゃない」
「覚悟とか別にいらなくね?」
「俺は並木みたいにラフに考えられないから」
ラフに。
「俺が何も考えてないみたいじゃん」
「考えてるのか」
「考えてないけど」
だって、相内と同棲なんて、幸せしかないじゃないか。
相内はグラスをテーブルに置きながら言う。
「並木に嫌われないようにがんばるわ」
どうしたんだ相内。
「病気?」
「は?」
「どうしたのお前!いつもの自信はどうしたんだよ!」
「自信なんかないけど」
「嘘!どんな時も堂々としてんじゃん」
それは俺の親が俺をそう見えるように産んだだけだ、と相内は言った。
俺に嫌われないか、不安だったの?だから、同棲を渋ってたの?
何かわからないけれどとてつもなくアツいものがこみ上げる。
「おい相内お前いい加減にしろよ」
一歩近づく。
「俺をなめてんじゃねえよ!」