小説3
□やっぱり2人
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何か特別なことを望んだわけじゃなかった。園田が望んだあのことだって、俺はどっちだっていいと思っていたんだ。園田と離れたくない。それだけのことが。
「行くの?」
「……行くよ」
「園田も?」
「行くだろ、そりゃあ」
グラウンドの隅にある水飲み場で、園田は俺に、引っ越すことになっちゃった、と言った。俯いた園田はまた、泣きそうな顔をしている。
園田の親父さんに異動があって、2週間後に引っ越しが決まった。高校生の園田はついて行くしかない。園田のお母さんは専業主婦で、残るっていう選択肢を持っていないらしい。
春はまだまだ遠いと思わせる、寒い寒い日だ。放課後の校舎は夕日に染まっている。
「電車で、どのくらい?」
「4時間」
「…近い、かな」
「どう思う?」
「近い」
近いと思わないと苦しくて崩れそうだった。
「4時間なんか、すぐだ」
「だよね」
「遊びに行くし」
「来てくれんの?」
「行く。園田も来いよ」
「ねえ」
園田が手を伸ばしてしがみついてくる。
「大丈夫かな、俺。やっていけるかな」
園田の心配をしている場合じゃない。俺だって自分が心配だ。
「大丈夫だよ。お前、人懐こいし」
胸の中の園田の顔を上向かせ、額にキスをして、精一杯の笑顔で言ってやると、園田は本当に微かに笑った。犬みたいに言うな、と、小さな声で言って。
「浮気すんなよ」
何か言ってやらなきゃと思って、ただ、なんとなく言ってみただけだったのに、園田はそれを聞いて泣き出してしまった。
「泣くなよ。バカ」
「俺の、セリフだし、それ」
「俺はしない。浮気なんか」
「なんでっ、言い切れる…」
「園田が好きだから」
「俺だって、好きだ、けど」
目をごしごしと擦りながら、園田は切れ切れに言う。きっと園田は自信がないんだ。俺に好かれているという、自信が。俺は気づく。そういうことか。そういうことに、繋がってたのか、と。
「ちょっと来い」
泣いた顔を隠すように片手で目を覆う園田を守るように手を引く。本当は死ぬほど放したくないこの手を、あと2週間で。俺は、覚悟を決めなければならない。
園田の顔を見ないようにして、前だけを向いて、歩く。
「ねえ、どこ行くの」
やっと園田が聞いた時には、空は薄暗くなり、周りのネオンが目立つようになっていた。
黙って手を引く。繋いだ手だけが暖かい。緊張して吐きそうだ。
入ったホテルはその辺で一番地味な外装で、中も古めかしくて、緊張が少し緩む。
「ラブホじゃん」
「そうだよ」
「金あんの?」
「……正月に、ばあちゃんからお年玉もらったし」
「おばあちゃん泣くぞ」
笑った園田の顔を見ないようにして、俺たちはエレベーターで上に運ばれた。
「……どうすんの」
「……何が」
俺も園田も黙る。
ダブルベッドがでん、と置かれて、それ以外に目に入るのは、なぜか壁がガラス張りの風呂。
「古いよね」
「古いね。風呂とか、透けてるし」
俺たちは、はは、と乾いた笑い声を上げた。だめだ。くじけるな俺。
「………園田」
「なに」
園田に体ごと向き直ると、ちょうど彼越しにベッドが見えた。
「……しよ」
目が見られなくて、透けている風呂の中を見た。壁のタイルはえんじ色で、白い浴槽が浮いて見える。園田が何も言わないのでそっと窺うと、真っ赤な顔をして俺を見ていた。
「……なんだよ見んなよ」
「うける」
園田は真っ赤な顔のまま笑った。その顔が堪らなくて、園田に体をぶつけた。どうして引っ越すなんて言うんだよ。バカじゃねえの。
「ふざけんな」
ぐいぐいと園田の体を押してベッドに倒しながら思う。俺は園田を一生守るって決めたのに。お前がどっかに行っちゃったら、難易度上がるじゃねえか。
「無理しなくていいよ、どうせ入んないよ」
園田が言う。お前が、それを言うのか。そう言われると半分意地になる。
「絶対入れる。無理矢理でもやってやる」
「入れたい?」
「い、入れたい……」
園田はとても幸せそうにした。