小説3

□白衣と、包帯
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「先生。また平川が」

2年の生徒が駆け込んできて、保健医の松田は軽くため息をついた。

平川がいるという屋上へ、松田は長身に白衣をはためかせて階段を上る。一見冷たく見えるその顔の奥に、浮上しそうな感情を押し留める。
ポケットにつっこんでいる手を、軽く握った。

屋上へ続く鉄扉を開けると、人だかりの真ん中に、平川が横たわっていた。
その両手に、首に。巻かれた包帯。

松田に気づいて体をよける生徒たちに目礼しながら、平川の傍に片膝をつき、軽く頬をたたいた。

「平川。起きなさい」

ゆっくりと目を開け、焦点が合い、松田に気づくと、平川は微かに笑った。

「松田先生」

周囲の生徒たちから安堵のため息が漏れる。

「大丈夫か」
「大丈夫」

ゆっくり起き上がる平川に手を貸し、松田は保健室へと向かう。その制服にこびりついた体液らしきものから目を逸らすため、手に巻かれた包帯を見た。
薄汚れて、糸が飛び出している。





平川シロ、というのが、彼の名前だ。

変わっているのは名前だけではない。
その風貌、雰囲気、そして包帯。
それから、いかがわしいアルバイト。そのために度々倒れて発見される。学校内で彼を知らない生徒はいない。

「換えようか、包帯」
「いいの、これは」

ベッドに寝かせて尋ねるが、平川は微笑んで首を横に振る。

平川は常に、両手首から指の下までの手のひらの部分と、首に、汚れた包帯を巻いていた。
そこに隠れた皮膚の状態を松田も見たことがなかった。もし怪我をしているなら汚れた包帯は良くないと言っても無駄で、決してそれを解こうとしなかった。

柔らかそうな茶髪は生まれつきらしい。身長は170cmほどで、どちらかと言うと細身だが、動きが堂々としていて少し大きく見える。右目が左目より大きく、左目は一重だった。その上の眉尻と唇と舌にひとつずつピアスがついている。その風貌なのに表情はいつも優しく、独特の雰囲気を醸し出している。

「少し寝なさい」
「先生」
「なに?」
「今日の相手は先輩だったんだけど。今度優しくしてくれるって約束で、1万で首絞めさせたげたの。そしたら落ちた」
「危ないから辞めなさい」
「苦しいの我慢したし、中出しもコミコミだよ。安いよね」

無邪気に笑う平川をじっと見つめた。

「相場だといくらくらいかな、ね、先生」
「さあな。でも本当に、気絶するほどというのは危ないよ。命に関わる。もうやめたらどうだ」
「先生が代わりになってくれるなら、全部やめる」

つかみどころのないような独特の雰囲気が少しだけ締まる。松田はまた、平川をじっと観察する。お前はどこまで俺を信用している?

「ふざけていないで。おやすみ」
「おやすみなさい」

素直に布団を被るのを見届け、ベッドを囲むようにカーテンを締める。その奥から微笑んで自分に軽く手を振る平川。そして、松田の頭に浮かぶイメージ。

溺れる。
ぬるい水が、白衣へ、その下の衣服へ、さらに下着の中へと浸透して。
体を、何の違和感もなく包んで、撫でて、息ができなくなって、それでもなお、心地よさは増していく。

平川。
纏う色が明るくて、白くて、ぬるい。

このまま溺れて、死んでもいい。

気持ちを切り替えて仕事に戻ろうとする松田には、自分がそこからもう抜け出せないことがわかっていた。もう、抜け出す気もさらさらなかった。

こんなに心が荒れている。平川がまた、3年の誰かに抱かれたと知って。松田はゆっくりと首を回してストレッチをする。リラックスをするために。



初めは、目立つ子だ、という印象だった。
見た目も、包帯も、無理のない笑顔も、いつも1人でいることも、全てが彼を周囲から浮き上がらせて見せるようだった。単純に興味を持った。
話してみると、彼は見た目に反して、どちらかというと大人しい部類の人間だった。その時開いていたピアスは眉尻だけだった。開けるのは痛くないかと聞くと、平川は平気な顔で「痛かったけど、開けたいっていう人がいたから開けさせてあげた」と言った。

そこから、松田は度々平川からアルバイトの話の断片を聞き出すようになった。
惜しげも無く自分を切り売りする平川への興味は増す一方だ。







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