小説3
□白衣と、包帯
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「また平川がやらかしたとか」
「そろそろ退学も考えては」
「父母会が」
「他の生徒への影響は」
職員会議でざわざわと耳に入る他の教師の言葉を、松田は聞き流していた。
退学か。笑ってしまいそうだ。
この中に1人でも、平川のことを本気で心配できる奴が交じっているだろうかと松田は思った。
平川がなぜ、他の生徒から金をもらう代わりに抱かれるのか。なぜ頑なに、奇妙な包帯を巻いたままでいるのか。なぜ友人が1人もいないのか。教師や関わりのない生徒に敬遠され蔑まれても、なぜあんなに綺麗に微笑んで見せることができるのか。その状況でなぜ、1日も学校を休まないのか。
そんなことを真剣に考える奴は1人もいないに違いない。皆、違うことを考えるので精一杯なのだ。
もしくは、考えないことで精一杯なのか。
だから、俺が考える。俺は、この学校の保健医だから。俺が、見ていてやるから。俺だけが。
「松田先生、あれの精神状態というか、その、精神鑑定みたいなものを、どこかの機関でしてもらうことはできないんですか」
平川の学年主任が言う「あれ」が平川を指すと気づいて、松田は苦笑して見せる。
「それなら、まず精神科を受診させるというのがいいかと。その前に、私が何度か面談をしてみます」
本当は平川以外の全員を精神鑑定にかけてやりたい気分だったが、松田は自分をコントロールする。穏やかに、精神科の受診でよく挙げられる精神疾患や症状について説明し、皆がついて来られなくなる直前で話をやめた。
「ま、松田先生に任せておけば安心だ」
「我々にはわからない分野だからな」
そこで笑いが起きる意味が松田にはわからない。笑っている場合なのだろうか。
付き合いきれない。それが、保健医をしていて他の教師に持つ感想だった。
松田は、保健室の隣の面談室で、平川シロと向かい合っていた。
生徒が悩みを相談するための部屋だ。ゆったりと座れる椅子がいくつか置いてあり、お互いに楽な体勢で話が出来る様にしてあった。
平川は、一人掛けの大きく深い布張りの椅子に腰掛けている。その斜め前にあるソファで、松田は話し出す。
「楽にして。最近楽しかったことの話でも聞かせてもらえるかな」
「先生は?最近なんか楽しかった?」
平川の表情は穏やかだ。
「オセロ世界大会の中継が楽しかった」
「オセロの世界大会?」
平川が笑い、松田も微笑んで頷く。
「気がついたら休みの日が1日潰れていた」
「先生って変わってる」
平川は、無邪気に笑う。本当に、無垢な笑顔だ。松田は見入ってしまう。
「あ、今、お前に言われたくないって思ったね、先生」
「いや、思っていない」
「本当?」
「私は、平川が変わっているなんて、思ったことがないよ。平川は普通で、真っ当だ」
「そんなの初めて言われた」
「何が楽しかった?」
「うーん。なにか……昨日ヤった後輩が1分でイったこととか」
「笑った?」
「ダメだと思ったけど、笑っちゃった、少し」
松田は頭の中にメモをとる。
このアンバランスさ。話す内容とその表情の落差。
「平川のそのアルバイトのこと、また聞いてもいいかな」
「アルバイトね」
「おかしい?」
「うん、いや、間違ってないけど」
首元に手をやる平川。そこにはやはり、包帯が巻かれている。
平川が、どのタイミングで体を動かすか、どの言葉の後に目を逸らすか、平川シロのここでの全てを、松田は丹念に記憶していく。
「どうやってアポを取るの?メールかなにか?」
「俺と、相手がってこと?」
「そう」
「アポは取らないけど。俺、携帯持ってないし」
「携帯持ってないんだ」
「うん」
「もし、今日会いたいと思ったら、どうすればいいの?」
「探せばいいんじゃない?俺、学校休まないし」
「なるほどね」
「考えたことなかった。俺に会いに来るやつの気持ちなんか」
また。突き放した言い方と、人懐こいような表情。
「あ、あと、昨日の後輩は次の月曜にまたヤりたいって言ってたから、そう、予約優先みたいな感じもする」
「もし予約が重なったら、どうする?断るの?」
「3人でヤる。向こうがいいって言えばだけど。こっちはお金が儲かるから効率がいいの」
松田はひとつ頷く。本当は首を横に振りたかったが、首の神経に嘘をつかせる。
「包帯の下は、どうなってるの」
平川は少し身じろぎをして目を逸らした。