小説3
□30 なつめのプチモテ期
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「彰人くん彰人くん」
なつめが、双子のいない1講目が終わったところで俺を呼ぶ。少し気まずそうな顔をしていて、俺は自然となつめに耳を寄せた。
「ちょっと相談があって…少しいい?」
適当に空き教室に入り、向かい合って机の上に座った。
「どしたの」
「あの…多分彰人くんはたくさん経験してると思うんだけど、その」
言いながらだんだん顔を赤くする。
「女の子に、あの、告白されて…」
「誰?知ってるやつ?」
「バイト先の子で、高校生なんだけど」
「うん」
なつめはコーヒーショップでバイトをしている。
年下には特に人気がありそうだ。優しいし、穏やかだし、憧れる気持ちはわかる。
「断ったんだ。僕には創樹くんがいるし。だけど、諦められないって泣いちゃって、でも僕は何もできないし…」
なつめらしい。
「友達でいいから、たまに遊びに行ったりしてもらえないかって、頼まれて。少し考えてほしいって、保留させられてしまった」
「なつめはどうなの。友達でいたいの」
「僕は……断りたいとは思うんだけど…うまく言ってあげられる方法が考えつかなくて、それで彰人くんに聞きたくて」
ごめんね、こんなこと、となつめは俯きがちに言った。
優しい。でも、それが仇になることもある。
「ちょっと優しすぎんじゃね。まあ、悪いとは言わねえけど」
「そうかな…彰人くんならどうする?」
「きっちり断る。変な期待させる方がかわいそうだろ」
「そっか…そうだね」
「ふらなきゃいけない時点で傷つけてんだから、あんまり気にしすぎんなよ。仕方ねえんだし」
「そうだね」
なつめはどこか痛そうな表情で笑う。
もしかして。
「創樹とどっちにしようか迷ってたりすんの?」
聞くと、目を丸くしたなつめは首を横に振った。
「そんなことは考えもしなかった」
「ふぅん」
「ねえ彰人くん」
なつめの目は少し、不安そうだ。
「付き合ってる人がいるって言ったんだ。その子に。そしたら、どんな人かって聞かれた。僕、男の子だってことは言わなかったんだけど、もしかしたら、言えなかったのかなって後で考えたんだ。普段は意識なんかしないし、創樹くんがかわいくてかわいくて仕方がないんだけど」
言いたいことが、なんとなくわかる。
「男の子と付き合ってること、僕は胸を張ってその子に言えなかったのかなって思ったら、なんかすごく、創樹くんに失礼な気がした」
なつめはそう言って俯いた。
優しい。なつめは、優しすぎる。
「そんなの、当たり前じゃねえの」
俺だって、親に今普通の顔して言えるかって言ったら。
「偏見とかもさ、ある人の方が多いだろうし。別に胸張って言わなくたって、なつめが創樹を大事にしてやればいいだけの話じゃねえ?」
そう、そうか、と、なつめは呟く。
「もう少し適当に考えた方がいいよ、なつめは」
肩をぽんとたたくと、やっと少し明るい笑顔を浮かべた。
「また、相談するかも。彰人くんに話してすごくよかったよ」
いつも癒してもらっているから、こんなのはお安い御用だ。今だって、双子が永遠に来なければ心は穏やかだと思ったところだ。
なのに、携帯が鳴る。
『あっくぅん、今どこどこどこぉ?教室着いたよ!早く来て?』
うるせえのが来たわ、と笑い合いながら空き教室を出る。
その時は、この話はこれで終わったと思っていた。
数日後、4人で大学を出たところで、女の子が駆け寄ってきた。
その子はなつめの顔をまっすぐに見上げる。
「三上さん」
なつめが呟いて、すると女の子は、少しいいですか、どうしても話したくて、と、泣きそうな顔で言う。
創樹も広樹も興味津々な様子でそれを見ていた。
店だと人がいっぱいいるし、店長うるさいし、と、その三上さんはまくしたてるように言う。平常心でないことは容易に見て取れた。きっと本当は大人しいタイプだろう。つやつやの黒髪を胸まで垂らしていた。
なつめに告ったのはこの子か。
「三上さん」
なつめは今度ははっきりその子を呼ぶ。
優しいながらも、きっぱりした顔をして。
「この間も言ったけど、僕、付き合ってる人がいて」
「はい、そうですよね、だから私、友達でも」
「…いや、でも」
「この後何かありますか?2人で少し話せませんか」
「三上さん、ごめん。僕、三上さんとはバイト先の、」
「優しくねえな、話くらいいいだろうが」
なつめの言葉をぶった切って、創樹がとんでもないことを言った。なつめはそれを聞いて動きを止めた。
「おら、話して来いよ」
創樹はなつめと三上さんを両手で押した。
三上さんは、俺たち3人にすみませんと頭を下げてなつめを見た。
なつめは少し振り返って創樹を見る。
その表情に、俺は自分の胸まで痛むような気がした。
きっとなつめは今、創樹の言動に深く傷ついたんだ。