小説3

□元カノ、唐揚げ、そして乳首
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俺も並木も無事に内定をもらい、あとは無難に卒業するだけとなった4年の夏。

今日は夕方から並木の家に呼ばれていて、俺はそれまで街をブラブラしていた。
本屋をひやかし、CD屋を彷徨いて、電車に乗った。
車内は丁度帰宅する人で混み合っており、俺は入口から奥の方へと進んで立った。

「あれ?」

目の前の女性が声を上げた。顔を上げると、見覚えのある人がこちらを見て微笑んでいる。
この、少しキツそうな美人を、俺は。
そうだ。並木の隣で。

「並木くんの友達。理系の」

笑みを深める並木の元の彼女に俺は、はぁ、と間抜けな返事をするので精一杯だった。

動悸がした。
次の駅で降りよう。
そう思って目を逸らすのに、意識が彼女の方を向いている。
向こうも1人らしく、変な間があいた。

「並木くん、元気?」

そう。俺と彼女の共通の話題は並木のことだけだ。でも、話したくない。今の、彼女が知らない並木のことを。

「元気、じゃないですか」

発した声が思ったより小さくて、情けない思いをした。

「今、付き合いないの?」
「いえ。そんなことはないですが」
「彼女、いる?」
「さあ」

知るか。並木の彼女のことなんか。
ふつふつと湧き出る苛立ちに、冷静になろうと吊り広告へと目をやった。

「違う。並木くんじゃなくて。あなたに」
「は?」

彼女は笑う。

「連絡先、交換しない?」




駅のホームにあるベンチに座ってうなだれたまま、もう30分経った。並木との約束にはもう遅れてしまった。でも連絡をしていない。できない。
もうこのまま帰ってしまおうかと自棄になって視線を上げると、駅前にある食堂の看板が見えた。

並木は、飯を作って待ってる、と言っていた。同棲のために料理を練習するんだ、とも。
相内の胃袋は俺のものだ、と言って鼻息を荒くして。

帰ろう。並木のところに。

重い腰を上げたところで電話が鳴った。

『どこにいんの!心配するだろ!ご飯できたんだからね!』

一方的にまくし立てられて、なんだか安心すると同時に少しムッとする。

「お前、どんな女の趣味してたんだよ。ふざけるな」
『はぁ?何の話何の話?』
「いい迷惑だ」
『えー何?ごめんね?』

段々弱くなる声に、硬くなっていた心がほぐれていく。
並木はいつだって、俺の言うことを鵜呑みにする。俺がいつ何時も自分より正しいんだと信じて疑わない。

「ご飯、何」
『初揚げ物なわけ!唐揚げだよ!うまくできたのに冷めちゃうよ』
「ごめん。あと15分」
『大丈夫?駅まで迎えに行こうか?』

いつもなら一笑に付すところだ。でも、今日は。

「来て」

元カノから食らったダメージを、今すぐお前が緩和しに来て。











どうしたの。あの子。

「お友達にいじめられたんじゃないでしょうね…」

お母さんってこんな気持ちか。

相内が、迎えに来いだって。電話を切って、唐揚げとポテトサラダにラップをかけながら、俺は首をひねった。



駅に着いて構内を見渡すと、相内が近づいて来るところだった。

「おう」
「ああ…悪い、遅くなって」
「どうしたの。大丈夫なの?……相内?」

相内は早々歩き出す。

「ねえ。どした?」
「…早く」
「ん?」
「帰ろう」
「うん……うん」

帰ろう。
もう、今すぐにだってうちに住めばいいのに。



家に着くと、相内が玄関先で抱きついてきた。

「うほっ」

いつもと違う相内にドギマギする。

「ただいま」
「おっ、おか、おかえり」

同棲したら、相内と俺は毎日、ただいまとお帰りを言い合うんだ。そう思ったら、思いっきり噛んだ。

「つか、食おう?俺もう腹減って」
「うん」
「座る前におてて洗うのよ」
「何、そのキャラ。オカマ?」
「お母さん」

少し笑いながら、相内はやっと離れて行った。


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