小説3

□森田と岡崎12
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暑い。

「暑いねー」

岡崎が隣で、だらっとした声を出す。
盆に乗せた2つのグラスの中身は水と炭酸水。
氷が溶けて、薄く水滴のついたグラスがカラリと音を立てた。

「でも畳、きもちいねー。冷たい気がする」

寝転がった畳の上。
横を向いて見ると、岡崎は体ごとこちらを向いていて目が合った。
慌てて逸らす。
岡崎がふと笑う。

目に焼きついた、岡崎の、真っ直ぐな瞳。

「眠くなる」
「…出ますか、どこか」
「えー暑いからいいよ。森田さん、どっか行きたい?」

窓は全開。昼間の繁華街は、静かだ。

「いえ、俺は…」
「本でも読むかー」
「何か、持って来た?」
「森田さんに借りてるやつ、1日1ページしか進んでないから」
「ああ…無理なら、やめても…」
「やだよ、読むよ。もう少し貸しておいて」

ふと、不安に襲われる。

「あの、これ、…楽しいですか、今日」

せっかく岡崎が来たのに何もしていない。どこにも出ていない。かと言って、うちには楽しめるものがない。
外気に反して体が冷えそうになる。

まるで暑さを感じさせないような、岡崎の綺麗な顔が笑む。

「ずっとこうしててもいいよ。もう、どっこにも行かなくていいな。今日これから仕事とかまじありえねー」

岡崎はうつ伏せになって脚をばたばたさせた。
なぜか眩しくなって目を細めた。

深夜遅くにうちに来て、岡崎は午後には仕事に行く。

「俺ちょーがんばってねー?」
「7連勤、ですもんね」
「そうだよー!そしてその次9連勤だしね。もう怖えよ、一生これで終わりそう」
「でも、責任持って、やってて…偉い」

岡崎は、見た目に反して根は真面目だ。店の店長に恩があるから、と、義理堅い。
それを言うと笑って否定されたので、きっと、周りにはそう思われたくないんだと思った。

「そう?じゃあ頑張るか」

そして、切り替えがくっきりしている。

ドキドキしながら手を伸ばして髪を触ると、岡崎は手に擦り寄ってくる。

「もっと撫でて」

傷んだ髪に指を通すと、岡崎はしばらく目を閉じていた。

ほんの出来心で、脇腹を人差し指でつついてみる。すると、こちらが驚くくらいに岡崎の体が跳ねた。

「ひゃ!ちょっと!何すんの!」
「ご、ごめん」
「ダメなんだって俺、くすぐったがりだから」

警戒して俺から少し離れて眉をひそめる岡崎に、もう一度手を伸ばす。次は首に。

「やーめっ!くぅ!あっふふふふ、ちょー!」

鎖骨と顎に指を挟まれて抜くに抜けない俺と、それでさらに追い詰められる岡崎。
これは、少し、楽しいのでは。
いつまでも見ていたいと思っていたら、岡崎がゴロゴロと畳の上を向こう側へ転がって行った。手が離れる。

「アホんこ森田さん!」
「アホんこ…?」

次の瞬間、さっきの倍くらいの速さで岡崎がこちらに転がってきた。
そのままの速度で思い切り俺に体当たりする。

「うっ、痛い」
「仕返しだ!こちょこちょ!…あれ?」
「俺、効かないんで」
「おい!ズルい!……暑い…」
「動くから…」
「森田さんのせいだしね!」

2人並んで転がり、本を開く。紙さえ温度を持っているように思えるほど、暑い。

「涼しい本を、読んだ方が、いいかも」

岡崎がきょとんとした顔でこちらを見る。

「涼しい本?」
「それ、なんか、内容が、暑くないですか」
「あー…んー…?」

ピンとこない様なので、さくっと読めるサイコホラーの短編集を取って渡した。

「これは、なんか、冷える感じが、すると思います」
「怖いやつ?怖いやつ?」

岡崎は楽しげに言いながら早速ページをめくる。そしてすぐに読み始めた。

なんとも言えないような、甘い、抱きしめたくなるような感情を覚える。
それを押し留めて、冷蔵庫からグラスに飲み物を足した。

俺も本を開く。

しばらくして、ほわぁ、と変な声がしたので顔を上げると、岡崎が目を見開いて俺を見ていた。

「ど、」
「何これ何これ!こわっ!なんでこんなの思いつくの!森田さんよくこれ1人で読んだね!」

興奮状態だ。

「ふおー、俺今日夜1人でトイレ行けないかも」
「……そしたら、ついて、行くので」

悪いことをしたと思って言うと、岡崎はぱあっと笑顔になった。

「なんだー、じゃあ大丈夫。で、今日も来ていいってことね?」
「あ、はい、岡崎さんが、いいなら、どうぞ」

んふふ、と笑って岡崎は首を傾げた。

最近思うことがある。
岡崎の喉仏の形が、好きだ。
前から、好きだったような気がする。
気のせいだろうか。

暑い。
とても、暑い日だ。




-end-
2014.5.29


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