小説3
□森田と岡崎14
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森田さんがアパート前の駐車場に車を停める。
握られた手が離れて、森田さんが外に出る。少し遅れて俺も降りた。すると助手席側に回り込んでいた森田さんがまた、俺の手をそっと握り、そのままアパートの階段を上がって行く。
森田さんの背中を見ることができなくて、俺はずっと階段を見ていた。視界に入る、握られた手。
早く。早く、触って。
もっと、もっと違うとこも、早く、早く。
早く、家に入りたい。
気ばかり焦る。手に汗をかいた。森田さんの手も少しだけ汗ばんでいるようだった。
鍵を開けて、森田さんが先に俺を入れてくれる。玄関に入ると後ろから森田さんも続いて、ドアの閉まる音と同時に森田さんの体温を背中に感じた。遮断される、俺たち以外の音。
ほとんど何も見えない暗闇。
森田さんのかすかな吐息。その空気だけが、俺の肩口で動いている。
「……岡崎さん」
一言で、動けなくなる。俺の体に回された腕に力が入った。
森田さんがキスしたのは、俺の耳?それともピアス?微かに、柔らかく、触れて離れていく。
待って、待ってよ森田さん。
「岡崎さん」
さっきよりもしっかりした声で呼ばれて、俺の体は金縛りから解き放たれる。
急いで振り向くと、すぐそばに森田さんの顔があって、俺は考えるより先にその頭を引き寄せて唇を奪った。
心臓が苦しいくらいにドキドキしている。森田さんがしっかり抱き返してくれて、腰を抜かしそうになりながら夢中で森田さんの舌に舌を絡ませた。お互いの口の中で唾液が混じり合う。俺のと、森田さんの。
俺のものにしたい。この人の全部を。
俺のものだと思われたい。俺の全部。何もかも。
もっと触って。もっと。早く。早く。
「森田さん」
濃厚になっていくキスの合間に呼ぶと、森田さんが少し息を乱しながら目を開けた。
その目。その息遣い。
間近で感じて、俺はもうほとんど意識を失いかけた。
森田さんだ。森田さんが、男の顔をしてる。俺を見てる。
「…ぐちゃぐちゃにして」
か細い声が出た。
言葉にして初めて、自分にこれっぽっちも余裕がないことに気づく。
おかしいな。いつもはもっと、イヤらしい言い方とかできるのに。
森田さんは短く息を吐き、部屋の中の方へ、ちらりと視線を向けた。
「…布団を。敷いて、いいですか」
うん、と返事をした声もまた、頼りなく揺れた。
靴を脱ぎ、部屋の電気をつけて、森田さんは部屋の隅に畳まれた俺用の布団に手を伸ばす。
「森田さんの布団がいい」
後を追って森田さんの背後に立ち、後ろから抱きつく。
ああ。やばい。脚にも力が入ってない。早く倒れたい。森田さんの下に。
一瞬止まった森田さんは、俺の腕を振りほどくこともなく、そろそろと動いて自分の布団を敷いた。
あのまま、勢いのままに玄関で抱こうとしないのが森田さん。ちゃんと布団を敷いてくれて、それで、俺を絶対邪険に扱わないのが森田さん。
好きだよ。
大好きだ。
その丁寧なところが。たまに強引なところが。
森田さんの背中にへばりついたまま、感情が溢れるに任せる。
布団が敷かれて、森田さんが後ろの俺に手を伸ばす。
「電気、どうする?」
見たい?俺のからだ。俺はどっちでもいいんだけど。
こうこうと部屋を照らす白っぽい蛍光灯を見上げて聞くと、森田さんは顔を真っ赤にした。
「い、…いや、け、消しましょう…恥ずかしいので…」
森田さんは手の甲で鼻の下を拭った。照れ隠しの仕草?
かわいい。かわいいよ。どうしようもない。
そして何かをかき消すようにして、壁のスイッチをぱちんと押した。
森田さんらしくて少し緊張が解ける。
再び俺たちは暗闇に包まれた。
優しく俺の手を取った森田さんは、布団の上に身を屈めた。俺も引かれて座る。
俺の後頭部に手を当てて森田さんが少し体重をかけてきて、体が素直に後ろに倒れた。
その上に、森田さんの体が重なる。
「岡崎さん、ごめん」
謝りながら、俺の頭を撫でる森田さん。
その体に腕を回してしっかりホールドし、耳に口を寄せる。
「何が?」
「…俺…、すごく、本当に…」
ぽそっと言いながら、森田さんは俺の耳にキスをした。
「っん…」
思わず吐息が漏れる。スイッチが入りそうだ。いつもより、ずっとずっと早い。
「嫉妬深くて、…恥ずかしい」
森田さんの手はまだ、頭を撫でている。
嫉妬?あいつらに、ヤキモチ焼いたの?
誰に?どの言葉で?どの行動に?