小説3

□31 吹き抜け
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大学の構内にある、吹き抜けのロビー。
その2階部分にあるベンチに座り、ぼけーっとしながら人を待つ。

目の前のガラス仕切りの向こう側に1階が見えて、昼休みになったばかりのそこには、たくさんの学生が出入りしている。

一体何人いるんだろう。

「彰人くん、お待たせ」
「おう」

いつもの笑顔でなつめが隣に座る。

「創樹くんも前の講義出てるみたい」
「そっか。じゃ、広樹と一緒に来るかな」
「そうだね」

4人で待ち合わせてこれからメシだ。

「天気いいよな」
「ね。買って外で食べる?」
「…創樹が虫キモいとかうっせーからな…」
「今日僕虫除けスプレー持ってるよ」
「へえ。なんで?」
「創樹くんが虫に刺されるとかわいそうで」
「…少し刺されて大人しくなるくらいの方がよくね」
「かゆいって不機嫌になると殴られるから」
「……そっ…そっか…」
「彰人くん、また釣り行きたいねぇ。僕すっごく楽しかったよ、あれ」

ニコニコと笑うなつめに、キャンプの思い出が蘇る。

バーベキュー美味かったし、あの時天気良くてよく釣れたしな…でも夜に広樹が泣いたんだっけ。あれ?なんで泣いたんだった?
思い出せない。酔ってたし。

「あ、創樹くん」

考え込む俺の横でなつめが囁いた。

視線の先は1階のベンチ。今まさに、創樹がそこへ座るところだった。
態度はでかいけどやっぱり広樹と双子なだけあって体は小さい。

「あいつ、ちっせえな」
「かわいいね、ふふふ」

なつめが幸せそうに笑う。

「広樹も来た」
「ほんとだ」

速足で歩いて創樹に近づき、何か言って隣にすとんと座った。

「ちっせえ」
「ね。おんなじだね、体つき」
「態度が全っ然違う…」

創樹は背もたれに深くもたれ、うつむきがちであまり動かない。
一方広樹は、浅く座って前後左右をキョロキョロと見回している。

「待ち合わせ場所、間違ったみたいだね」
「あいつらほんと話聞いてねえな。混むから2階って言ったのに」
「行く?」

立ち上がりかけるなつめの手首を掴む。

「ちょっとさ、少し観察してからにしねえ」
「観察?」
「おもしろい。あいつら」

離れて見ると、広樹はやっぱり小さい。色が白くて、髪がふわふわしている。俺たちの姿が見えないので不安そうな表情だ。

思わずにやける。座り直したなつめが、かわいいねと言った。

「広樹くんは本当に裏表がないよね。全部顔に出ちゃうね」

裏表がない、というのはなんだか違う気がした。あいつは計算高いところもあるから。でも俺は、そういうところもいいと思っている。いいというか、ほだされた、というか。

「なんか、遠くから見ると違う」
「わかる。なんか、違うよね。知らない創樹くんがいるみたい」

広樹に、学生の1人が近づく。多分ゼミが同じやつだ。

何か話しかけられ、広樹は笑って首を横に振った。創樹は黙ってそいつを見上げている。

「創樹って人見知り?」
「どうだろ?」

広樹はしばらく、首をかしげたりしながら話を聞いて、自分のバッグを漁り、ノートのようなものを取り出してそいつに渡した。

「何か貸したのかな?」
「つかあいつ、他人ともあんな普通にコミュニケーション取れんの。ビビる」
「あはは、失礼だよ」

冗談を含ませて言ったけど、ほんの少しだけ嫉妬を感じている自分がいた。

相手がイケメンだからとかいう理由でノート貸してねえだろうな。

ノートを渡された男が軽く手を振って広樹たちから離れて行った。広樹は手を振り返す。創樹はすでにそいつを見ていない。

創樹が何か言ったらしく、広樹が何か言い返しながら創樹の肩を軽く叩いた。
そしてまた、広樹は周りを見回し始める。

「探してるね。かわいそうになってきちゃったよ…」

なつめが苦笑いする。

「創樹のどこがいいの」

前にも聞いたけど。本当に不思議でならない。

「最近ね、創樹くんがなんとまさかたまにデレるんだよ!聞いてよ彰人くん!」

なつめはふにゃふにゃした笑顔を浮かべながら俺に詰め寄る。

「いつもはあんまりこう、自分の弱いとことか見せないのに、たまに、ちょっと甘えてくれることとかがあってね。そうするともうきゅんとしちゃってどうしようもなくなっちゃうよ。すっごくすっごくかわいいんだよ」

力説するなつめの言葉を受け止めながら何気無く広樹たちを見ると、携帯を耳に当てている。間も無く俺の携帯が振動し出したけれど、無視する。

「ああ、ダメだよ彰人くん。かわいそうだよ、泣いちゃうよ広樹くん」
「泣かねえよ」
「泣いちゃうって。ほらあの顔見てよ、薄幸の美少年のような」
「あいつらってどんなガキだったと思う?」
「えー、そうだね……広樹くんは、」
「あのまま」
「だよね」
「やっぱり」
「創樹くんは…意外とおとなしい感じだったかも」
「素直に親に甘えられない引っ込み思案みたいな?」
「そう思うと意外でもないか。かわいかっただろうなぁ、創樹くん」

広樹はいよいよ不安になってきたのか、ベンチから立ち上がりウロウロし出した。

「なつめは?」
「僕?僕は」
「ああー!!!」

叫び声が聞こえて驚いて見ると、広樹が俺たちの方を見上げている。周りの視線を集めていることなどお構いなしだ。

すさささと走って階段を上り、あっという間に俺の正面に立った。

「あっくん!どうしてここにいるの!」

がばーっと抱きついてくる広樹越しに、1階のベンチからこっちを見上げる創樹が見える。立ち上がりそうな気配は微塵もない。

「2階って言っただろ」
「ええ?言ったっけ?間違えた。えへへ。びっくりしたぁ。あっくんが事故で死んじゃったらどうしようと思って絶望するところだったんだよ?」
「妄想やめろ」
「創樹くん、迎えに行ってくるね」

なつめがなんだか幸せそうに階段を下りていく。
その背中に行ってらっしゃーいと声をかけながら、広樹が隣にちまっと座った。

「お前ノート貸したの?」
「うん。なんか困ってたみたいで、ってか見てたの?!なんで電話無視するのよぅもうひどいよあっくん大好き」

俺の手を取り無理矢理指をこじ開けて恋人つなぎをしようとする広樹。

1階ではなつめが創樹に虫除けスプレーを手渡そうとして拒否されている。
なつめはあとで創樹にスプレーを吹きかけてやるだろう。それはそれは丁寧に。嫌な顔ひとつせず。

「腹減った」
「なに食べる?今日天気いいからお外で食べるのはどぉ?ね?あっくん」

広樹が上目遣いで俺を見上げる。

どうでもいいような、でもちょっと大切な、俺たち4人の、日常。





-end-
2014.9.4


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