小説3

□美容液ローション
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僕はオカマではない。
女装癖もない。
でも、ゲイの疑惑がある。

自分でも、ちょっと少女趣味が過ぎるかと思う。会ったことのない人に、恋い焦がれるなんて。

オアシスさんの声を聞くと、僕はふるふる震える。声が小さくなって、すぐに課長に回してしまう。

オアシスさんはとても丁寧に話す。

まず、名古屋支社営業企画のコウヅキです、と言う。
僕がお疲れさまです、と言うと、とっても感じよく、お疲れさまです、と返してくれる。
それから、忙しいところすみません、課長いますか、と言われるので、少々お待ち下さい、と言う。

するとこの間、オアシスさんは僕に、「いつもすみません」と言った。

いつも?僕の声を覚えてくれたの?

僕はその日、ちょっと奮発してすてきな柄のネクタイを買ってしまった。
いつかオアシスさんに会うことがあったらそれをつけられるように、会社のロッカーにかけてある。

「オアシスさん、出張でこっちに来ないかなぁ」
「来てもうちには来ないでしょ」

お蕎麦が来たので、京子さんは小さなバッグから花柄のクリップを出して髪をまとめた。

「あ、新しいクリップ」
「そう。あんたって本当に、そういうのよく見てるね」

そう言って京子さんはくっきりと笑顔を作った。




それから一週間後。

「名古屋支社営業企画のコウヅキです」

電話の向こうのオアシスさんの声に、心臓が全速力で走り出す。

「あ、お疲れさまです」
「お疲れさまです」

優しい声。なんとも言えない、低すぎなくて、深くて、包容力がありそうな、大好きな声。

「忙しいところすみません。課長、いますか」
「はい、少々お待ち下さいね」

少しフランクな話し方をしてみる。心臓がとくとくしている。

「お願いします」

オアシスさんの返事も少し打ち解けたもののように聞こえた。

保留にし、少し腰を浮かせて遠くの課長の席をみやる。席にはいないようだ。
ベッドマイクの位置を直して、保留解除する。

「お待たせしました。課長は席を外しています」

どきどき。
瞬きをたくさんしてしまう。

「あ、そうですか…どうしようかな」

困っているのに、落ち着いたような声。もっともっと聞きたくなる。

「折り返すよう伝えますか?」
「そうですね、お願いします。携帯の方に。多分知ってると思うけど一応、番号言って大丈夫ですか。最近替えたから」
「はい」
「080の、」

僕の耳に、オアシスさんの携帯番号が届く。

「では、伝えますね」

緊張で、キーボードに置いた手が少し冷たくなっている。

「ありがとう。更科(さらしな)くん」

僕はしばらく呆然として動けなかった。
その間に、オアシスさんは電話を切ってしまった。

はっと我に返って僕がしたことは。

隣の席の、お客さんと電話中の京子さんに。

「オアシスさんが僕の名前知ってた!」





午後の電話で一本すごく疲れるのがあった。
全然こちらの話を聞いてくれないタイプで、口を挟めないのにたくさん話されて、頭がぐるぐるした。

「今日はケーキ買って帰ろ」

お手洗いに行こうと廊下へ出ると、課長が携帯で誰かと話している。

「あっそう、来週?へえ」

相手はオアシスさんだったりして。
と妄想をするだけで癒される。
ありがとう。オアシスさん。

「…ああ。いいけど。お前どこ泊まるの、今回。…はは、いつもの」

課長の声に集中する。
そしてお手洗いに入る直前に聞こえた課長の声に、おしっこも止まってしまう。

「その日の夜は営業部の連中と飲むんだろ、次の日だな。…うん…うーん…コウヅキすっぽん好き?」

すっぽん!
オアシスさん。
すっぽん。
好きなの?

答えが聞きたい。
そして、来週、来るんだ。

会いたい。会ってみたい。きっととっても優しくて格好いいおじさまだ。
想像するだけで顔が熱い。

「いや知らないけど…はは……うん…いや、じゃ、予約しとっから」

買っておいたすてきな柄のネクタイをつける機会があるかもしれないと、僕は疲れも吹っ飛ばして妄想にふけった。

そして、本当にそういう日が来てしまったのだ。






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