小説3
□森田と岡崎16
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「休みー!」
深夜3時。
自分の部屋で叫ぶ。
ほぼ一日中無人の部屋は、ムシムシして暑い。一度窓を開ける。ぽつぽつと灯る街灯の下に民家しか見えない、つまんない景色。それすら新鮮に見えるくらい、気分がいい。
今帰って来たところで、明日つーか今日は、休み。しかも森田さんも休み。
これから明日のパンツとか服の換え用意して、シャワー浴びて、すっきりしてから森田さんちに行く。
さすがに遅くなりそうだから先に寝ててねってメールしたら、まだ本読みたいから大丈夫って返事が来た。
あー早く早く行かなきゃ。
この間のエロいことできないかも疑惑については考えないようにする。
なるべく楽しいこと。楽しいこと。
何しよう?2人とも休みとか何しようー!
服欲しいな。買い物とか付き合ってくれっかな。そんでカフェで本読んでー、夜とか酒飲む?
告ることになった日、寿司屋で酔った森田さんがものすごくかわいかったことを思い出してにやける。
鼻歌交じりに身支度を済ませて玄関を出る。まだ真っ暗な空を見上げてアパートを後にする。
同棲したいなぁ。
でも俺は一緒に住んだらセックスレスとか無理だな、と思い直す。
ひっさびさに幸二さんのことを思い出した。
幸二さんに抱いてもらってた時のこと。
元気かな。奥さんとうまくやってるかな。
まあ、やってるだろう。器用なおっさんだったし。
森田さんとこんな関係になれたのも、幸二さんがきっかけをくれたからだ。
幸二さんと会ってた頃は寂しかった。
誰といても寂しかった。
それを絶対に認めたくはなかったけど。俺は毎日楽しい、一生これでいいし、って思って。
森田さん。森田さん。
森田さんを知って、俺はもうああいう感じで生きられると思えなくなっちゃった。
もっと触ったりしたいけど。
どうしたらいいんだろ。
ヤり目で出会ってばっかだったから、ヤらない付き合いがよくわかんない。
それにそれに、その前に、やっぱ森田さんは男じゃダメなんじゃないの、という暗い思いが湧き出てくる。
でも怖いから聞きたくない。
「楽しいことしたいな…せっかくお休みだもんね」
なかなか長く時間を一緒に過ごせない俺たちの、貴重な貴重な一日だから。
ぐるぐる考えるのをやめて、よーしと背中を伸ばして切り替える。
飯なに食おうかなーと気持ちを明るくしながら森田さんの家に向かった。
*
岡崎がうちに着いたのは4時頃だった。
俺は長編のSFホラー小説に夢中になっていて、布団に転がりながらも寝ていなかった。
おはようですーと言いながら玄関で靴を脱ぎ、ニコニコと入ってきた岡崎は、俺の目の前にどかっと座り、さらに笑みを深くした。
「森田にゃん」
そう言って、俺の前髪や横の髪をまとめて頭の上に持って行き、片手で掴んで、うわ、かわいいね、結びたい、と言った。
「かわ…いくない…です、けど」
「ねーもう寝よう。そんで明日楽しいこといっぱいしよう」
俺の髪の毛をそっと放して綺麗な顔をさらに綺麗に綻ばせる岡崎に触れたくなり、思わず手を伸ばす。髪の毛を撫でると、岡崎は手にすり寄ってきた。
もっと、触っても。
「さあさ、布団敷きましょーねー。暑いね」
するりと立ち上がって岡崎用の布団を引っ張り出した彼に、ちくりと胸が痛む。
一緒に、自分の布団で寝て欲しいと、思っていたのか。
少し前までは考えられなかったような自分の願望に愕然とする。
岡崎が俺とくっつかないで寝たいと思うことは、全く自然なことだ。
それに、体のそこそこ大きな男2人がシングルの布団で寝るのは正直狭い。仕事終わりで疲れている岡崎にはゆっくり休んで欲しかったし、明日の休みが楽しみなのは自分も同じだったので、本に栞を挟んで枕元に置いた。
眼鏡も外す。
布団を敷いて素早くパジャマに着替える岡崎からしばらく視線を外した。
岡崎は俺が初めに用意したパジャマを着続けてくれている。
「寝よ寝よ」
電気を消し、ころりと転がって、暗闇の中で岡崎はこちらを向いた。
「…手、繋いで」
勇気を出して言ってみると、岡崎はふと笑って手を伸ばしてくれた。
「楽しみだね、明日」
「…そうですね」
同じ気持ちでいてくれる。これだけでも、すでに、奇跡のようなこと。
やがて聞こえてきた寝息に、自分のため息が重なった。
*
はっとして目を開けると、森田さんが寝返りをうったところだった。
あれ。なんかすげえ暑いし明るいし寝すぎた感じする。
恐る恐る枕元の携帯を見た。
おい!
もう2時なんですけど!
「おわ!森田さん!やばい!」
俺の声でびっくりして、森田さんが飛び起きた。
「なにっ」
「2時だよ!2時!寝すぎたーあーもーなんで?最悪だよもったいねえ」
うなだれてしまう。
森田さんはゆっくり眼鏡をかけ、立ち上がってカーテンを開けた。
「…天気、いいです」
「だろうねー暑いもん。くっそ」
せっかくの休みが半日以上過ぎた…。
森田さんは少しの間俺を見下ろして、わきにある冷蔵庫を開け、スポーツドリンクのペットボトルを出して俺の写真の前に座り、ぬるいのと交換した。
それ見て、なんか元気が出た。
「ねえ。本物こっちにいるんだけどねー」
「…なんか、飲む?」
「飲む」
すると森田さんは冷蔵庫に戻り、ちゃんと冷えたのを持ってきてくれる。
「変な森田さん。あの写真なんなわけ。今は俺がいるのにおかしくね?」
「……岡崎さんは、なんか、もう…神様みたいな感じで」
何それ、と言って笑ったら、森田さんも少し柔らかい顔をする。
「今日も、岡崎さんが、笑っていますようにとか、毎朝、祈ったり、だから、この写真、見ると俺も、元気が出るから」