小説3

□森田と岡崎16
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俺から目をそらしたままぼそぼそと言う森田さんに、俺はもう惚れ惚れしてしまう。
ああ。何これ。俺が特別みたいじゃないの。

「でもさー本物がここにいるのにさー先に写真にジュースやることないよね」

かわいいから追及してやる。

「あの、逆に、なんで本物がここに、いるのか、そっちの方が、不思議な気が、してきた」

なんかわかんねえけど崇拝されてる。

「変な森田さん」

変わってる。

「変な森田さーん」

寝坊によるショックはもう完全に抜けていた。

立ち上がって、森田さんの正面に立つ。戸惑い顏の森田さんに一歩近づいてキスをする。

ふにふに。はむはむ。

うう、と呻いた森田さんを置き去りにしてぱっぱと身支度をしていく。

「早くしないと休みおわるし」

硬直していた森田さんもゆっくり動き出す。

「…どこ、行きます」
「服見たいなー、付き合って?」
「…服」
「あとさ、夜どっかで飲まない?少しだけでいいから」
「…飲む…」

オウム返し森田。

「森田さんは?行きたいとこない?」

なんとなく、ないって言うような気がしてたけど。

「あの、前に行った、公園に」
「ああ、本読んだとこ?」

こくりと頷く。
時間のスケジュールを相談しながら布団を片す。
森田さんは着替える。
手を止めてそれをガン見する。今日も黒トランクスありがとうございます。

コンビニで朝兼昼ごはんを買って公園で食べて、服見に行って、夜メシ、という流れに。

「時間あるかなぁー、くそーなんでこんな寝たの」
「公園は、少しで、大丈夫」
「そう?なんで行きたいの、公園。本読む?」

聞いたけど、森田さんは気まずそうに目を逸らすだけで答えない。

楽しみ。楽しみだな。




2人で本を読んだ、てかあれ初デートだった?あの四阿はまだちゃんとそこにあった。

今日は雨が降りそうにもない。晴天。暑い。

「食べよー」

サンドイッチとおにぎりと、森田さんの希望でおいなり。
あと炭酸水と、水。

緑が目に痛いくらい。

「あちー。でも空気が新鮮すぎるよね」

森田さんはひとつ頷いて、おいなりを箸でつまんで半分口に入れる。

「ここで本読んだ時、好きだって言えなくて苦しかった頃だな」

明るく言ってみると、森田さんは困ったような顔をした。

ハムたまごサンドのパッケージを開ける。

「からし入ってるタイプかー」

辛い。

「おいなりおいしい?」
「うん」
「好きなの?おいなり」
「…好き…か…」

ものすごく真剣に考える森田さんがかわいくてかわいくて、外なのにほっぺにちゅうしてしまった。

「なっ」

固まる。
キスですらまだ大ごとだ。
でもたまに、それ以上のことを俺にしてくれるのはどうしてなのかな。
何かスイッチがあるのかな。
森田さん。
俺のこと。
どう思ってる。

「森田さん、ねー、苦しいよ」

サンドイッチのパンが喉につまったみたいになって、ぽろっと出た言葉だった。

もっと。俺は森田さんのそばに行きたいよ。
俺のこと好き?
俺は、事あるごとにキスがしたいし、外でだって構わないで触りたい。
手も繋ぎたいし、頭を撫でてほしい。

でもできない。
セックスなんか、2人っきりで居たってしてもらえない。

いつか、森田さんとこうなる前にたまたま寝た、30歳のあの人。

あの人は、好きな人が女と結婚して子どももいて、それでもそばにいるのが幸せだと言った。

あんなのは嘘だ。強がりだ。
だって、だってさ、ホテルに向かう途中、俺に、手をつないでって言ったじゃん。

本当はあれを、俺としたかったわけじゃないでしょ?
その、妻も子どももいてゲイを軽蔑してるっていう、そんなろくでもない、大事な大事な人と、そうしたかったんでしょ?

なんて理不尽なんだよ。
不自由なんだよ。
できないことばっかだ。

多分この先、森田さんとのこの関係に俺が満足できなくなる時が来る。確実に。

「岡崎さん、どした、苦しい…?飲む?」

炭酸水のペットボトルのふたを開けて手渡してくれる森田さんに笑いかけて、自分がちゃんと笑えているのか考える。

あー、やっぱうまくいくわけないのかな。
こういう時はどうするのが正解なんだろう。
誰もそんなことを、俺に教えてくれなかった。

こんなふうにそばにいられるだけで幸せと、自分に言い聞かせることは簡単だ。
でも、拒否るってことは好きじゃないんじゃないの、って疑うのも怖いくらい簡単だ。

少し可笑しくなって笑うと、森田さんもわずかに笑った。

どうしようもなく、俺はこの人が好きだ。
苦しい。

誰か。この弱っちい俺を守って。

祈るような気持ちで、炭酸水を飲んだ。
喉やいろんなところがしゅわしゅわになっていった。



結局服を見る気分にはならなくて、日が落ちるまで静かに並んでそこに座っていた。








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