小説4

□32 彰人とマスク
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「あっくん!マスクしてるの!どうしたの!イケメンが!台無しなんだけど!」

風邪を引いて、マスクをして大学に来ただけなのに、この反応は正直面倒だ。
ぴょんぴょんとまとわりつく広樹を引きずって教室に向かう。

「大丈夫?風邪なの?」
「んん」
「あぁん…鼻声かわいそう」
「ん」

ずび、と鼻をすすると、広樹がまゆ尻を下げた。
頭がぼうっとする。

「今日は俺がたくさんあっくんのためにがんばるから、あっくんは安静にするんだよ?ね?とりあえずマスク取って?お顔見たい」
「…無理」
「えーもうしょうがないなあ」
「フゴッ、ゴホッ」

これ見よがしにため息を吐く広樹に殺意を覚えて咳込む。
だが落ちつけ俺。今キレて無駄な体力を使いたくない。

「お熱はないの?」
「…ないんじゃね」
「測ってないの?」
「ん」
「まあ、なんてことなの、あきひとちゃん、だめよ」

ぷうっと頬を膨らませ、手を伸ばして俺の額をぺとぺと触る。

「あっついよ。講義受けてる場合じゃないんじゃない?」
「今日、出なきゃじゃなかったっけ。あれ、小テストかなんかある」
「あれね、今日休講になってたよ」
「…は?」

早く言えよ。教室の前まで来ただろうが。

「…まじ?」
「うん」

じっと見つめると、だんだん照れてきたのか上目遣いででれでれする広樹に、具合が悪くなる気配を感じる。

「あっくんさぁ、おめめがとってもしゅっとしてるから、マスクで下が隠れてるとそれが強調されちゃってちょっとしたフェロモン凶器だよ」

フェロモン凶器って何。

「………休講かどうか、なつめに聞く」

携帯を取り出す。

「ええー!ちょっとひどくなぁい?信用できないっていうの?」
「お前は本能的に信用できない」
「ひどいぃ!あっくんの大事なたった一人のプレシャス広樹なのに!」
「あ、なつめ」
『彰人くん?あれ、どうしたの、声おかしいね』
「風邪」
『あらら…大丈夫?』
「うん。今日さ、統計休講?」
『うん。休講になってたはず。さっきサイト見たけど。だから今、僕たちもどうしよっかって話してたところ』
「そっか。俺は帰ろうかな」
『うん。それがいいね。お大事にね』
「おう。さんきゅ」

なつめの声はどうしてあんなに優しいんだろう。体が弱っている時はなおさら染み入る。

「あー。なつめに会いてえな」

創樹はもっとなつめを大事にすべきだ。

「……あっくん」
「あー…なつめ…なつめに看病されたい…」
「あっくん!やだ!俺が!オレオレオレオレオレがいるでしょ!」
「なんなの…うるせ…」
「帰ろう、ね、あっくん、何食べたい?」
「………お前が作ったもの以外ならなんでも」
「しどい!」

本格的に頭がガンガンしてきたので、広樹に付き添われながらふらふらと帰宅した。

「お熱測ってね、はい」

渡された体温計を脇に挟みながら、悪寒のする体を毛布に埋める。

「…寒」
「あぁ、あっくん…大丈夫?かわいそうに…」

熱い手がそっと額に触れてくる。

「気持ちいい…」

ふふ、と笑う声になんとなく安心して、ぼんやりと目を閉じる。

「ご飯作って来るからね」
「…お前…料理なんか、できねえだろ…」
「大丈夫。心配しないで、寝てて」

むちゅ、と音をたてて俺の頬にキスをすると、広樹はベッドを離れて行った。


いい気持ちで寝ていたのに、がっしゃーんというものすごい音で起こされる。

「…あいつ…」

イラッとしながら重い体を起こし、その辺にあったコートを被って寒気を我慢し寝室を出た。
目に飛び込んできたのは、キッチンの床に粉々に散らばった何かの破片と、その中に佇む広樹。
床に落とされていた広樹の視線がゆっくり、こちらへ向けられる。

「あっくん…ごめんなさい…」

泣き声で言う広樹の瞳は、今にも涙が落ちそうなほど潤んでいる。それを見ると、怒る気も失せた。

「これは…どーしたの広樹ちゃん…」
「ちゃん付け…!あのね、おかゆ作ろうと思ったの。それで、土鍋出したら割れた…」
「…料理以前の問題じゃないすか…」
「うん…ごめん……」

しょげかえっている広樹に近づいて、破片を踏まないようにさせて手を引いた。
ちょん、と破片を飛び越えて俺にしがみつく広樹が暖かくてそのままベッドに戻って座り、抱っこする。

「お前キッチン立つなよ…前もなんか割ったじゃねえか」
「そうだけど…あっくんになんか、食べさせたくて」

もじもじしながら見上げる目にドキッとする。


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