小説4
□安達さん、ショボーン。
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今日は安達さんがうちにいません。
どうしたことだろう。
「安達さんがいなきゃおかしいみたいな気がしているけど…そんなことないんだ、元々僕は一人暮らしなんだった」
安達さんの強引なやり方は、一種の洗脳に近いかもしれないなどと考えました。
「安達さんってカリスマ的な魅力があるもの…フフ」
一人照れ笑いをしつつ、僕は朝食の食器を洗いました。
そうするうち、ちょっぴり寂しいような気がして、会いに行こうかどうしようか迷った挙句、僕はいつものお礼にシチューを作って持って行こうと決めました。
それから買い物に行き、少し奮発して牛肉を買って、ビーフシチューにすることにします。
「人参はあったから…おイモさんと、玉ねぎを…」
その間もずっと、安達さんのことが頭から離れません。
「早く行かなきゃ」
急いで帰って、お鍋に具材を入れて煮込み、ルーを入れます。
味見をしてみると、不味くはないのですが、なんとも、何か、どこか足りないようなものに仕上がってしまいました。
それでも僕は早く安達さんに会いたくて、大鍋を抱えてお隣の安達さんを尋ねたのでした。
呼び鈴を押すと、安達さんが扉を開けてくれました。
「ああ…みっちゃんかい…来てくれたの」
「安達さん!…体調でも悪いのですか?」
安達さんは顔色も悪く、なんだか覇気もありません。
「いやね…大したことは無いんだが…ところでそれは?」
「ビーフシチューを作ったんです。もしよかったら一緒に食べませんか」
「なんという事だ…!みっちゃん、愛しているよ」
安達さんは感極まったような顔で僕を鍋ごと抱き締めました。
「みっちゃん…私を許して欲しい…どうか…どうか…」
「安達さん…?」
「私はこんなに君のことだけを想うのに…体は言うことを聞かないのだよ…ひどい話だ…まだまだ若いと思っていたが、耄碌(もうろく)したのかもしれん」
安達さんのそんなに辛そうな声を、僕は初めて聞いたのです。
一気に不安が押し寄せます。
「安達さんどうしたのですか。僕でよければ、その、話を…」
「ああ、そうだね。君にも大いに関係のある話なわけだから…」
そう言って安達さんは、お入り、と僕を招いてくれました。
「いい香りだね。ビーフか。一緒に頂こう」
「あの、でも、安達さんが作ってくれるみたいに上手にできなかったので。味を見てもらえますか」
僕は安達さんの家のキッチンにシチューの鍋を置き、蓋を開けました。
「どれどれ」
安達さんは、スプーンを出してシチューをすくい、口へと運びました。
「君、これ、赤ワインを投入したの?」
「していませんけれど…」
「ふむ。そうかい。みっちゃん、ワインは何から出来るかご存知かな?」
「ええと、ぶどう…?」
「ご名答!さすがみっちゃん!愛しているよ!」
安達さんは大げさに僕を抱き締め、そしてそっと放しました。
「ぶどうは香りが良く甘いだろう?だからね、こういった煮込み料理に用いると、アルコール分が抜けて甘さと香りが残る。それにより、結果的に味に深みが出るという寸法だ。ビーフシチューには赤ワインが欠かせないと、私は信じている」
「なるほど…!安達さんって物知りなんですね」
「いやぁ照れるね」
安達さんが嬉しそうに微笑んだので、僕は、早くいつもの安達さんに戻りますようにと願ったのです。
「今から入れるのではいけませんか?」
「いや、これはこれで美味いよ。何しろ、みっちゃんが作ってくれたシチューなのだからね。さあさ、皿を出そう」
安達さんと僕は一緒にテーブルにつき、シチューを食べました。