小説4

□狙い、狙われ。
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「柏木、今日の夜、どう?」

その上品な顔でほほえみながら、耳元で密やかに、宮園さんは言う。

俺が女だったら失神しそうなセリフだ。

「空いてますけど」
「ちょっと面倒なことになって」
「まさか社長とですか」
「塚本も」
「……宮園さん、いつか殺されると思いますよ…」

本気で心配だ。

「違うよ、俺も不意打ち食らったんだから」

宮園さんは儚げにため息をつく。何をしても絵になる先輩。

「何ですか。俺かあいつかどっちかを選べって言われたんですか」
「それを言われるべきは社長だよ」
「は?」

宮園さんは、ランチ後のコーヒーを飲み干して立ち上がる。そして言った。

「塚本、社長にも手、出されてた」

昼ドラか!






「それで、社長室に入ろうとしたら、中から塚本が飛び出してきて」

宮園さんは憂い顔で言って、ワインを飲んだ。俺は手でチーズをつまみながら聞いている。

ああ。宮園さんのドロドロ三角関係なんかどうでもいい。鳴海に会いたい。

「しかも泣いてたんだよ。酷いよね。確かに塚本は繊細だけど、泣かせるなんて」

宮園さんは珍しく、怒りを露わにした。

「塚本はそのまま走り去ってしまったし、とりあえず社長を問い質そうと思って社長室に入ったら、社長はズボンのファスナーを上げたところで、俺を見て息が止まってた。ベルトは半分外してあったし、事後だと思って」
「嫌だ……こんな会社嫌だ……」
「それで、塚本を追いかけたんだよね。少し探したら、あの子トイレの手洗い場のすみっこでしゃがみこんで泣いてて」

あの、プライドの高そうな塚本が、個室に入りもしないで泣いていたとは。よっぽどだ。

「いやよっぽどでしょうね間違いなく」
「だよね。かわいそうに…俺の塚本を……」

塚本。逃げろ。

「それで俺が宥めて自宅で保護したんだ」

手遅れか。
塚本。何もしてやれなくて、すまん。

「言っておくけど、何もしてないよ」
「まさか!その弱味につけこんで襲ったんじゃないんですか」
「失礼だなぁ。落ち着くように暖かい飲み物と寝具を提供して寝かしつけて、栄養のある朝食を作ってあげただけだよ。社長のせいで手を出しづらくなった。あんなに傷つけて。本当、許せないな」
「宮園さん。目が怖いですよ」
「おかげで大事なものがはっきり見えてきたよ」

宮園さんはにっこり笑った。

「社長とは手を切る。塚本は、俺のものだ」
「まずいですね。宮園さん、今すごく機嫌が悪いですよね」
「全然?」

宮園さんはこれ以上ないくらいのさわやかな笑みを浮かべた。
怖くて吐きそうだ。最上級にキレている。

「今日まだ火曜ですね、明日も早いしなー」
「柏木、もう一軒……ね」

宮園さんはわざと色気のある表情をして囁く。怖い。怖すぎる。

「じゃあ、その代わり鳴海の話も聞いてくださいよ」
「えー、いらないんだけど」
「鳴海、あいつ今日もすげえかわいかったです。俺がフォローしなくても赤木社長と、って聞いてます?」
「はあ…社長に塚本の処女取られた……」

宮園さんのダメージはでかいらしい。

「ちゃんと見張ってないからそんなことになるんですよ。俺みたいにいつも隣にいなきゃ」

課が違うのだから仕方が無いが、わざとそう言ってやると、宮園さんはニコリと笑う。

「それについてはもう考えた」
「どういうことですか?」
「社長に、すっぱり後腐れなく別れてあげるから、塚本を秘書から外して」
「駄目です宮園さん」
「営業に回して下さいって」
「宮園さん!」
「……どうして駄目なの?」

宮園さんは拗ねたような顔をして俺を見つめる。腹立たしいほど綺麗な顔だ。

どうしてってそんなもの、会社の向かいの席で密かにとんでもない事が起きたら嫌だからに決まっている。

机の下で塚本にフェラさせながら平然と取引先に電話するとか、塚本が涙目だと思ったらおもちゃを入れられていたとか。

宮園さんならやりかねない。
いや、やるだろう。
絶対にだ。

でもそうは言えないので。

「塚本は営業向きじゃないんじゃないですか」

本当は向き不向きなんて言いたくないし、塚本はどんな仕事でもきっちりこなしそうだが。

宮園さんは眉を寄せながら優雅にワインを飲んだ。

「でもこれ以上社長のそばには置いておきたくないよ」
「まあそうですよね」
「俺の塚本なのに」

でも確かにね、と言って宮園さんは思案顔をする。

「それよりは、自分の出世を約束してもらった方がいいかな…自分のことは自分でできるけど、条件を出した方が社長が引け目に感じてくれるだろうから」

ものすごい自信だ。社長の力などなくても上りつめてやるという野心。優しい顔をして底知れない人だ。

「俺の鳴海は平凡でよかったですよ、誰にも取られないし」
「それがそうでもないかもよ」
「…どういう意味すか」
「怖いよ、顔。せっかくの美貌が」
「どういう意味ですか」


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