小説4

□狙い、狙われ。
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遮って聞く。さあ言え。さもなくば。
宮園さんは軽く溜息をついて微笑した。

「由梨が鳴海のこと気に入ってるらしいって、噂になってる」
「由梨さんが……」

絶望的な気持ちになる。

「だから、手を出すなら早い方がいいよ。鳴海、意外と年上にモテそうじゃない」
「由梨さんが…由梨さんが…」
「俺も柏木も、動く時が来たんだよきっと」

宮園さんが首を傾げて微笑む。

由梨さん。
可憐な女性を想像しそうなこの名前の持ち主は、ガタイのいい、営業企画課の男性社員だ。
宮園さんの同期で、由梨は苗字。

元ラグビー部で、肩の筋肉がもりもりだし、鳴海1人なら指2、3本で持ち上げそうな風貌。
声も大きいし、ガサツなイメージがあって、俺はあまり得意ではない。

もし、鳴海を狙っているのだとしたら。
くどそうなライバル出現にげんなりしながら、グラスに残ったワインを飲み干す。





「鳴海」
「はい」

翌日の午前中、一生懸命書き物をしている猫背気味の背中に呼びかける。
ぱっと顔を上げる、かわいい鳴海。

「せい月の年契資料まとまったのか」
「ねんけい…?…はっ!」

得意先の年間契約と聞いて一気に顔を白くする、かわいい鳴海。

「まさか手つけてないとか言うの、お前」
「…まさか……」

自分でも信じられないと言いたげな、かわいい鳴海。

「今すぐやれ。プレゼン来週だろ」
「そうでした…!」
「他の仕事置いといていいから。俺の方終わったら手伝ってやる」
「柏木さん…すみません…」
「終わったらメシおごれよ」
「はい、何でもします!」

何でも?お前絶対だな。どこ触っても少し抵抗しながら嫌がらないとか、できそう?ちょっとだけだから。

思わずポーカーフェイスを崩しかけると、向かいで意味ありげに微笑む宮園さんと目が合った。

「ギリギリで間に合わなそうなら俺も手伝うよ」

優しげな宮園さんの口調。

「とりあえず2人でやるんで。足りなそうなら声かけます」

言外に邪魔だと漂わせてやんわりお断りする。

「へえ……鳴海」
「はい」

宮園さんはニヤニヤしながら鳴海を呼ぶ。
宮園さんのニヤニヤは、一般人の爽やかな微笑だ。

「柏木先輩は優しいねえ」
「はいっ!優しいです」
「いつか恩返ししないとね」
「はい、ぜひ」

鳴海がかわいい顔で俺を見る。

いつか、ベッドで、恩返しをさせてやる。




「このグラフ、バラせば?」
「ばらす…?」
「わかりづらくないか。去年のここだけ抽出して別グラフにすれば」
「なるほど!やります」

素直だ。かわいい。

金曜24時少し前。最悪、土曜日半日出れば終わるだろうという所まで来た。

華奢な肩にさりげなくタッチしたり頭を撫でてやったりして、俺にとっては貴重なイチャイチャタイムとなった。

「続き明日にするか?」
「あっ、はい、すみません…こんな時間だ…」

焦り出す鳴海。そうか。時間が経つのを忘れるほど俺との時間が楽しかったか。

「お前、明日の夜予定あんの?」

仕事終わりに2人で飲みに行こうと誘う絶好のチャンスを掴む。

「あ、明日、えっと…」

なのに、鳴海は歯切れが悪い。

「実は、あの、夕方までに仕事終わればって言ってはあるんですけど、由梨さんに誘われてて」
「……へえ」

忌まわしい名前に、俺はそれ以上言葉を繋げることができない。

「企画課と絡んでから、色々アドバイスもらったりしてて、優しいんです。もっと怖い人かと思ってたんですけど」

許さん。

「…明日、めし?」
「はい」
「俺も行く」
「え?」
「だめ?」

ぐいっと近づいて、できるだけ優しく微笑んでやると、鳴海は驚き、そしてぱあっと笑った。



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